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あの人の直筆

目次
あの人の直筆第2部 近現代第2部 第12章 あの人の妻

第2部 近現代

第12章 あの人の妻

伊藤梅子(いとう うめこ) 1848-1924

伊藤博文の妻。下関の木田久兵衛の娘で、もと芸妓。博文とは慶応2(1866)年に結婚、貞子(夭逝)と生子(のち政治家の末松謙澄夫人)という2人の娘をもうけた。また、他家からの養子(のちに継嗣となる伊藤博邦)や、博文とほかの女性との間に生まれた娘朝子(のち外交官の西源四郎夫人)なども伊藤家に引き取って育て上げ、良妻賢母ぶりをうたわれた。

165 伊藤梅子書簡 明治41(1908)年12月4日 【伊藤博文関係文書(その2)書簡の部2

韓国統監府に帰任した夫、伊藤博文に宛てた書簡。11月14日に夫が大磯の自邸を出立したあとの家族の様子などを細かく伝えている。また、学習院に留学中の大韓帝国皇太子のことや、博文の盟友井上馨の病状についても触れている。品川弥二郎夫人、静子への書簡(掲載資料166)と比べ、女性らしい平仮名づかいを残しながらも、より漢字を多用した、いわゆる男手に近い書体になっている。送る相手によって書体、筆致を変えていることが分かり、梅子の才覚を感じさせる。

伊藤梅子書簡(伊藤博文宛)

伊藤梅子書簡(伊藤博文宛)

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166 伊藤梅子書簡 〔年不詳〕7月10日 【品川弥二郎関係文書(その1)199-1

品川静子に宛てた書簡。静子は、長州出身で第1次松方内閣の内務大臣などを務めた品川弥二郎の妻であり、また山県有朋の姪でもあった。書簡は平仮名を多用したいわゆる女手に近い書体で書かれている。夫博文宛ての書簡(掲載資料165)と趣を変えているのは、女性同士の書簡だからであろうか。留守中に娘の生子いくこに品物を贈ってもらった礼などを述べている。

伊藤梅子書簡(品川静子宛)

伊藤梅子書簡(品川静子宛)


木戸松子(きど まつこ) 1843-1886

明治維新の三傑の一人、木戸孝允(桂小五郎)の妻。小浜藩士の娘で、幕末の京都祇園で芸妓「幾松」と名乗っていた頃に長州の志士・桂小五郎と出会い、その倒幕活動を献身的に支えた。維新後、結婚して松子と名乗る。

167 木戸松子書簡 〔年不詳〕6月 【憲政資料室収集文書117-3】

「おみね」という女性に宛てた手紙。先日久しぶりに会って世話になった礼と、この書簡に付けて送った品(詳細不明)を「御むこふ様」へ差上げてほしいと依頼している。みねは、木戸家にかつて仕えていた人物と考えられる。

木戸松子書簡

(封筒)

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