コラム
インキュナブラの研究史


インキュナブラという言葉を初めて使ったのはドイツの文献学者 B. v. マリンクロート (1591-1664) で、1640年に印刷術発明200年を記念して刊行された『印刷術の起源から発展まで』の中で世紀の切れ目の1500年までの印刷の時代をprima typographicae incunabulaと呼びました。1688年に刊行されたC. ボイゲムの『揺籃期印刷術 (Incunabula typographiae) 』はこの言葉を使った最初のインキュナブラ目録で、約3,000点のインキュナブラを収録しています。

18世紀にはM.メッテール (1668-1747) 、M.デニス (1729-1800) 、G.W.F.パンツァー (1729-1805) といった人たちが印刷物を古い順に並べた目録を発表し、16,000点のインキュナブラが見つかっています。また、P.オルランディ (1660-1727) は初期印刷史を技術、職人、紙、活字という観点からも論じた『印刷術の起源と発展』 (1722) を刊行しました。

ボイゲム『揺籃期印刷術』

しかし今日のインキュナブラ研究の出発点となったのはL.ハイン (1781-1836) の『総覧』で、これを改訂・増補したW.A.コピンガー (1847-1910) 、D.ライヒリング (b.1845) の仕事とあわせて20,000点のインキュナブラを収録し、インキュナブラ同定の基本ツールとなっています。しかし『総覧』は印刷地、印刷者、印刷年が不明と記されているものが多く、印刷者を同定するには活字を比較研究する必要があることが19世紀イギリスを中心に認識されてきました。この点については「コラム 活字の分類法」をご覧下さい。

20世紀に入るとインキュナブラの全貌を明らかにする目的で総合目録GWの刊行が始められましたが現在のところまだ全体の1/3ほどが刊行されたという段階です。この壮大な試みの傍らで、国単位で所蔵されているインキュナブラの総合目録が刊行されてきましたし、インキュナブラを多く所蔵する図書館はインキュナブラの蔵書目録を刊行してきました。イタリアのIndice generale degli incunaboli … (略称IGI) 、米国のIncunabula in American libraries (略称Goff) 、英国図書館のCatalogue of books printed in the XVth century … (略称BMC) 、フランスのCatalogue général des incunables… (略称Pellechet) は有名な目録です。最近ではポーランド (1970) 、オランダ (1983) 、スペイン (1991) の総合目録も刊行されましたし、日本の総合目録も1995年に刊行されました。今では27,500点を収録するデータベースISTCやそのCD-ROMであるIISTCによりインキュナブラの全体像がよく分かるようになってきました。

また、インキュナブラの書誌学的研究あるいは書物史的研究も進められています。インキュナブラの物理的側面については放射線を照射する非破壊分析が行われ、ベータ線を用いての紙の透かしの正確な記録やイオン励起X線分析(PIXE)による紙の成分分析、シンクロトロン放射を用いたインクの元素分析などが行われています。デジタル技術の発達により、インキュナブラ本文のデジタル化が行われ、それを用いたテキストの校合や、活字フォントのヴァリエイションが調べられ、インキュナブラ・コピー単位での比較が行われるようになってきました。

電子展示会

「インキュナブラ -西洋印刷術の黎明-」は国立国会図書館の電子展示会です。 電子展示会の各コンテンツでは、国立国会図書館所蔵の様々なユニークな資料について、わかりやすい解説を加え紹介しています。

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