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第一章 インキュナブラとは何か

印刷術について

母型と父型 活字鋳造の作業場

印刷技術を型を使って同じものを多数複製することと解するなら、グーテンベルクがその最初の発明者というわけではないかもしれません。7世紀の中国で木版印刷が行われていたことはよく知られています。ヨーロッパでも14世紀には布の型押しに木版が使われていますし、皮に金属凹版で模様をつけること (パネルスタンプ) も行われ、またトランプカードに孔版 (ステンシル) で着色することも行われていました。グーテンベルクはこれらの技術を組み合わせて金属活字による凸版印刷技術を完成させたわけです。彼の技術は以下の3つのポイントからなっています。

インクを紙に転写する役割をはたすのが活字で、活字はひとつひとつの文字について同じものを多数用意する必要があります。

そこでまずおおもとになる活字父型 (punch) を鋼のような硬い金属で作ります。これには彫金の技術が使われ、彫って (cutting) 作られます。しかし、孤立した穴のように彫るのがむずかしい箇所は、穴の部分の雄型 (counter punch) をまず作って、それを鋼に強く打ちつけて穴をあけるという方法もとられました。

父型ができますと、次はそれを銅の板に打ちつけて母型 (matrix) を作ります。活字は、まず母型の上に2個のL字型ブロック (mould) を置いて鋳型とし、その中に熱して溶かした鉛、錫、アンチモンまたはビスマスの合金を流し込んで、冷えてから鋳型をはずすことで作られます。これを繰り返すことで同じ活字が何本でも作れるわけです。この方法に到達するまでさまざまな試行錯誤が行われたと思われ、母型の材料も砂鋳型や粘土、石膏、紙粘土が試され、実際にそれらで活字が作られたという説もあります。

作られた活字は印刷所の活字箱 (case) にしまわれ、植字工 (compositor) が活字を並べて組版 (forme) を作りました。この工程として、17世紀にはまずステッキ (stick) と呼ばれる枠に数行分を並べ、1ページ分がまとまるとゲラ (galley) と呼ばれる箱に移して、その後で組付け (imposition) が行われていますが、インキュナブラ時代の組版については詳細はわかっていません。

第2のポイントはインクです。

中世において写本製作に使われたインクは、木炭あるいは油煙にアラビアゴムやにかわを混ぜた黒いインクか、樫の木にできる虫こぶ (gallnut) を粉にして水にとき、そこに硫酸第一鉄(緑礬)とアラビアゴムを混ぜて化学変化させたやや茶色いインクが使われました。印刷に適したインクとしては、金属活字に載りやすく、また早く乾く必要がありますので、画家が使う油絵具をまねて溶剤に亜麻仁油のワニスが使われました。グーテンベルクが用いたインクは油煙や亜麻仁油のほかクルミの油、テレピン油、松脂、辰砂等が含まれているそうです。インクはこれらの材料を煮込んで作られましたが、その製法は印刷所の秘法とされ、製法が公開されたのは17世紀になってからでした。インクは羊革の中に木綿や髪の毛などをつめて丸めたインク・ボールにまず付着させ、それから組版に塗るという方法がとられました。

ぶどう搾り機

第3のポイントはプレス機械です。

活字に載せたインクを紙に転写するには強い圧力をかける必要があります。そのモデルになったのがぶどう搾り機でした。樽につめたぶどうを上から押しつぶすのに、ねじの原理を用いて回転の力を利用する機械は紀元前1世紀には発明されていたそうで、15世紀にはワインの産地ではよく見られたものでした。また製紙業でもこの原理で水を搾り出す機械が使われていたそうです。

この原理を利用してプラーテンという平板が組版を強く押し付ける仕掛けの印刷機が初めて作られました。プラーテンの上下の移動距離はそんなに大きくありません。組版には1回1回インクを塗る必要がありますのでインクを塗りやすい位置まで動かせるようになっています。それには台上をプランクと呼ばれる厚板が滑車で水平に動くようにしておき、そのプランク厚板に版盤 (coffin) と呼ばれる木枠と大理石 (press stone) を取り付けて、組版はその上に置くようにします。一方、紙をとりかえる仕掛けとして、このコフィン版盤には紙を固定するティンパンという木枠と印刷時に不要なところにインクが付かないようにするためのフリスケットという木枠が上に重なるようになっており、印刷するときは重ねた状態でプラーテンの下まで動かします。これらの木枠は蝶番でつながれ、横に広げることができるようになっていますので、紙のとりはずしはコフィン版盤を手元に引き寄せて行うようになっています。

印刷所の光景 印刷機の構造

このプレス機械はfeet, cheek, head, cap, winterなどと呼ばれる基本構造物がすべて木でできていました。また動力は人が手でバーを回転させる力でした。そこでこの機械をよりくわしくは「木製ねじ式手引き印刷機」と呼びます。機械の細部はグーテンベルクのものからさまざまな改良が行われていますが、印刷機の基本構造は19世紀になるまで変わりませんでした。構造物がすべて金属でできた印刷機は1800年ころイギリスのスタンホープ伯(1753-1816)により考案され、また蒸気で作動する印刷機は1811年にF.ケ−ニッヒ (1774-1833) が完成させました。彼はさらにシリンダーが回転する方式の印刷機 (輪転機) を発明しています。

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