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第二章 さまざまな活字

活字の分類法

キャクストンの活字の複製

イギリスに印刷術をもたらしたウィリアム・キャクストンはブルージュとウェストミンスターで10種類の活字フォントを用いて105点のインキュナブラを印刷しました。そのうち彼の名前がインキュナブラ中に記されているものは42点、印刷年が記されているものは19点にすぎません。イギリスの書誌学者ウィリアム・ブレーズ (1824-90) はキャクストンの活字を徹底的に調べることで、名前の記されていないキャクストンの作品を明らかにし、また印刷年を推定しました。

この方法の有効性を認めたのはケンブリッジ大学図書館のヘンリー・ブラッドショー (1831-86) で、ハーグ王立図書館のJ.W.ホルトロップ (1806-70) が作った活字フォントのファクシミリ (1856-68) を利用して、インキュナブラを博物学的に分類しました (1870) 。彼はその方法について「それぞれの印刷所を属とみなし、それぞれの本を種とみなすと、我々の仕事は科のさまざまなメンバーについて、その活字を観察することにより、それらの間の関係を見出すことである」と書いています。大英博物館のロバート・プロクター (1868-1903) はブラッドショーを受け継いで大英博物館の所蔵するインキュナブラを各印刷者 (プリンター) が印刷した順番に配列する索引を完成 (1903) し、活字フォントの複製を刊行するプロジェクトを開始しましたが、不幸にもアルプスで事故死をとげてしまいました。プロクターが用いた活字の識別法はまず活字の大きさを測ることで、20行分の高さをmm単位で計測しました。

ドイツのインキュナブラ学者コンラッド・ヘブラー (1857-1946) はさらに徹底して各印刷者の用いた活字の一覧を作成し、それぞれの活字の識別を容易にするため、20行分の高さに加えて、ゴシック体については M の形を101のパターン (種別としては258) に分類しました (1905-24) 。

M形
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また、この仕事に併せてドイツでも活字フォントの複製の刊行が始まり、1907年から1939年にかけて2,460枚の活字複製が刊行されました。ヘブラーが作った活字一覧Typenrepertorium der Wiegendruckeは各印刷者の用いた活字をそれぞれの印刷者が使った順に番号を付けて識別しており、インキュナブラ総合目録Gesamtkatalog der Wiegendruckeは各インキュナブラに対し使われている活字をこのヘブラーの活字番号で記入しています。

参考コラム「GfTフォント」

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