蔵書印に託した愛書家へのメッセージ

伴信友

(ばんのぶとも)

1773-1846(安永2年-弘化3年)


名前

幼名:鋭五郎、州五郎
名:惟徳 号:事負(ことい)

職業

若狭国小浜藩士、国学者

人物

小浜藩(現福井県小浜市)藩士の山岸家に生まれ、同じく小浜藩士伴氏の養子となり、文化3年(1806)に家督を継いだ。藩に仕えるかたわら国学者本居宣長を尊敬し、その思想の後継者として幅広い古書に関する詳細な校合と緻密な考証を残す。平田篤胤ら多くの国学者との交友も深く、名声が高かった。74歳で死去。

蔵書印

書物を愛した信友は、天保13年(1842)70歳の時、次のような遺書をしたためている。
「身後書籍は却而邪魔にも相成侯間、手澤之感を絶し沽却いたし侯へば、天下同好之手に落候間、却而本懐に候間、常々も申侯通又更申遣し侯…中略…愛し侯書へは身後云々之印有之候、未押のこしたるも有之候間、手を入侯本には、右印を押可申侯、只一通りの本は夫に不及侯、若狭酒井家々人と有之侯紋付之印は、張付有之侯問、剥し可被申侯」
(現代語訳)「私の死後、書籍はかえってじゃまにもなるだろうから、手元に置かず売ってしまえば、天下の同好の人々の手に落ちるであろう。それはかえって自分の本懐であるので、常に言ってきたとおり更に申し遺すものである。(中略)愛した書物には「身後云々」という印を押してあるが、押していなかったものもあるので、私が手を入れた本にはその印を押してほしい。普通の本には押す必要はない。「若狭酒井家々人」という紋のある印は、張り付けてあるのでこれをはがしてほしい。」
信友の蔵書印は、ほかに「伴氏所蔵」「伴文庫」「伴信友文庫」が知られている。

印影のよみ・大きさ

「身後俟代我珍蔵人伴信友記」(しんごわれにかわりてちんぞうするひとをまつ ばんのぶともしるす):30x26mm
「源伴信友」(みなもとばんのぶとも):36×46mm
「コノフミヲカリテミムヒトアラムニハ、ヨミハテゝトクカヘシタマヘヤ、若狭酒井家々人伴氏蔵本」(蔵書票):53x21mm

印影撮影資料

印影撮影資料
蔵書について

蔵書の構成は、『伴信友蔵書目録』(弘化4年[1857]写)によると総蔵書数702部。仏典、漢籍はみられず、国史、神道、言語、地誌、有職故実、寺社の記録、歌謡、風俗等である。兵法、弓馬に関するものも少なくない。
旧蔵書は明治17年(1884)子孫によって一部宮内庁に献ぜられたが、他は散逸した。京都大学、東洋文庫、小浜市立図書館、国立公文書館内閣文庫等が所蔵している。
国立国会図書館には44点85冊2軸の旧蔵書が確認されている。

肖像

〔栗原信充画〕「肖像集」(写 〔江戸後期〕)【寄別4-2-1-1

参考文献

『伴信友全集』(国書刊行会 1907-1909)【121.27-B56b

電子展示会

「蔵書印の世界」は国立国会図書館の電子展示会です。 電子展示会の各コンテンツでは、国立国会図書館所蔵の様々なユニークな資料について、わかりやすい解説を加え紹介しています。

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