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第2章 明治国家の展開

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d. 明治期の対外関係

2-26 日露戦争

二元帥と六大将 奉天に視察に訪れた山県有朋を囲んで 左から4人目が大山巌 (左から黒木為楨第1軍司令官、野津道貫第4軍司令官、山県有朋参謀総長、大山巌、奥保鞏第2軍司令官、乃木希典第3軍司令官 児玉源太郎満洲軍総参謀長、川村景明鴨緑江軍司令官) 明治38年7月26日 「大山巌関係文書」62-18
二元帥と六大将 奉天に視察に訪れた山県有朋を囲んで 左から4人目が大山巌 (左から黒木為楨第1軍司令官、野津道貫第4軍司令官、山県有朋参謀総長、大山巌、奥保鞏第2軍司令官、乃木希典第3軍司令官 児玉源太郎満洲軍総参謀長、川村景明鴨緑江軍司令官) 明治38年7月26日 「大山巌関係文書」62-18

北清事変後も継続するロシアの満洲占領と韓国への浸透に対し、日本は日英同盟を結んでこれに対抗したが、対露交渉は決裂し、明治37(1904)年2月8日に臨時派遣隊は仁川に上陸、翌日漢城を制圧し、10日、日本はロシアに宣戦を布告した。

本史料は日露戦争時に参謀総長として作戦指導にあたり、6月満洲軍総司令官に任ぜられて出征した大山巌が残した手帳であり、旅順占領時の様子等が記されている。

[陣中携行ノート其一]

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