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NDL Gallery国内旅行案内書の世界~明治から昭和前期まで~

国内旅行案内書の世界~明治から昭和前期まで~

明治時代には、江戸時代に置かれていた関所の廃止や交通の発展などにより、国内の旅行が盛んになりました。とくに、明治5(1872)年の新橋-横浜間開業に始まる鉄道の発達は、旅行の普及を大きく後押しすることとなりました。今回の展示では、明治時代から昭和前期にかけて、鉄道の発達とともに発展した国内旅行案内書を紹介します。

1 明治時代

江戸時代の名残と変化の兆し

江戸時代は寺社参詣などを目的とした徒歩による旅が中心で、街道を中心に宿場や名所を紹介する「道中記」や、名所の絵と文章を組み合わせた「名所図会」が刊行されていました。明治時代にもこうした書物が刊行されますが、街道と共に新しくできた鉄道路線が掲載されたり、銅版印刷や石版印刷により絵が精緻になったりといった変化が見られるようになります(1)

帝国大日本道中記 : 一心真成 銅版改正

京都ステーション

京都名所案内図会 乾

四條鉄橋

鉄道の発達と鉄道沿線案内

明治22(1889)年の東海道線(新橋~神戸)全線開通に代表される鉄道の発達により、長距離移動が可能な鉄道旅行が普及していきました。こうした中で、明治20年代頃には鉄道とその沿線案内を中心とした旅行案内書が刊行されるようになります。
鉄道会社による最初期の旅行案内書の一つが、明治22年に刊行された『山陽鉄道旅客案内』です。また、仮名垣魯文(1829-1894)の門下で新聞記者だった野崎左文(1858-1935)は、この時期、複数の鉄道沿線案内を著しています(2)。野崎は鉄道会社や鉄道院にも勤めたほか、『私の見た明治文壇』の著者としても知られます。

山陽鉄道旅客案内 巻之1

山陽鉄道旅客案内 巻之1

山陽鉄道線路略図

東海東山漫遊案内 野崎左文

全國鐵道名所案内 増補訂正 野崎左文

名古屋城/伊勢内宮本殿

鉄道行政機関による旅行案内書編纂の始まり

鉄道行政を担う国の機関は、鉄道の利用客拡大のため、精力的に旅行案内書を編纂・刊行します。明治38年には、鉄道作業局が本格的な旅行案内書『鉄道作業局線路案内』を刊行しました。また、明治40年に発足した帝国鉄道庁は『夏季旅行案内』、明治41年に改組により誕生した鉄道院は『鉄道院線沿道遊覧地案内』などを刊行しています。

夏季旅行案内 東部

長谷ノ大仏/鶴ヶ岡八幡宮

夏季旅行案内 西部

長良川鵜飼/養老ノ瀧

鉄道院線沿道遊覧地案内

鉄道院線沿道遊覧地案内

不二山(富士山)/箱根

2 大正時代・昭和前期

充実する鉄道院・鉄道省の旅行案内書

大正時代の鉄道旅行案内

鉄道院は大正9(1920)年に鉄道省に昇格されますが、その前後も旅行案内書の編纂・刊行を継続します。明治時代に刊行されていた『鉄道院線沿道遊覧地案内』は、タイトルの変更やページ数の増減を経て、大正3年に『鉄道旅行案内』として刊行されるようになります。

鉄道旅行案内

鉄道旅行案内

山陰線

さらに『鉄道旅行案内』は、鉄道開設五十周年を記念して、大正10年には大きく形を変え、鳥瞰図を数多く収録する横長の判型で刊行されました。大正13年の改訂版には、挿図は吉田初三郎(1884-1955)に委嘱したとあります。吉田初三郎は、鳥瞰図の作品を多く手掛けています。

NDLイメージバンク 吉田初三郎のパノラマ鳥瞰図

鉄道旅行案内 (大正10)

(京都市の鳥瞰図)

鉄道旅行案内 (大正10)

京都 金閣寺

鐵道旅行案内 ([大正13])

(瀬戸内海を中心とした鳥瞰図)

鐵道旅行案内 ([大正13])

厳島神社

鐵道旅行案内 ([大正13])

東京駅

昭和5年に刊行された鉄道旅行案内

昭和5(1930)年には、『鉄道旅行案内』は再び縦長の判型に戻り、鳥瞰図に代わって錦絵と当時の原色写真を並べて掲載するなどの変更が行われました。この版は特によく売れたと言われています(3)。巻末には全国の桜や梅の名所番付などの付録が収められています。

鉄道旅行案内

軽井沢

鉄道旅行案内

全国桜の名所番付

日本案内記シリーズ

鉄道省は、昭和2(1927)年から、『日本案内記』シリーズの編纂を始めます。昭和4年刊行の東北篇から昭和11年刊行の北海道篇まで全8巻、編纂を始めてから約9年に及ぶ大作でした。学術的な内容も含み、広範で詳細な内容のこのシリーズは、当時の旅行案内書の決定版のような存在だったと言われています(4)

日本案内記 東北篇

(方言の解説)

日本案内記 東北篇

(寺院建築の図面入り解説)

日本案内記 北海道篇

木材の搬出/身欠鰊(みがきにしん)の乾燥/森林耕地分布図

日本案内記 北海道篇

附録 自然地理語彙

ジャパン・ツーリスト・ビューローの旅行案内書

旅程と費用概算

外国人観光客の誘致を目的として明治45(1912)年に設立され、後に日本人の国内旅行も手掛けるようになったジャパン・ツーリスト・ビューロー(後の東亜旅行社、日本交通公社、JTB)も、旅行案内書を数多く刊行しました。
大正8(1919)年、機関誌『ツーリスト』の付録だった「避暑旅程と費用概算」が好評を博したと言われます(5)。翌大正9年には、避暑だけでなく一般旅行客向けに単行書『旅程と費用概算』(リンク先は復刻版の所蔵情報)の刊行を始めました(6)。旅行日程や費用概算を掲載した実用性が特徴で、昭和15(1940)年まで刊行は続きました。各地の名所解説も付すようになり、徐々に大部になっていったといいます(7)

旅程と費用概算 昭和3年度版

大阪見物

旅程と費用概算 昭和3年度版

信越・北陸名所巡り

コンパクトなツーリスト案内叢書

ジャパン・ツーリスト・ビューローは、大部となっていった『旅程と費用概算』だけでなく、ページ数が少なく持ち運びしやすい「ツーリスト案内叢書」シリーズを刊行します。昭和10(1935)年から15年にかけて、近隣の地域ごとに計21巻が刊行されました。地域ごとに分かれたコンパクトな旅行案内書は、戦後の日本交通公社による「旅行叢書」などに引き継がれたと言われています(8)

北陸・高山線地方 (ツーリスト案内叢書 第12輯)

東京地方 (ツーリスト案内叢書 第20輯)

3 旅行案内書あれこれ

旅行へいざなう個人の著作

鉄道院・鉄道省やジャパン・ツーリスト・ビューローのような組織だけでなく、個人による著作にも、旅行案内のような内容を持つものがありました。
明治時代に『日本新漫遊案内』などを執筆していた小説家の田山花袋(1872-1930)は、大正3(1914)年から5年にかけ『日本一周』(全三編)を刊行します。主に鉄道沿線を案内する内容となっています(9)

日本新漫遊案内

日本一周 前編

心斎橋通/天満宮

日本一周 中編

熊本旧城/熊本市街

鉄道院で『鉄道旅行案内』などの編集に携わっていた谷口梨花(1873-1961)が、大正7、8年に刊行した『汽車の窓から』は広く読まれたと言われています(10)。文章が主体の著作ながら、車窓からの景色を中心とした読みやすい旅行案内記として版を重ねました。

汽車の窓から 西南部 61版

高松と屋島山

汽車の窓から 東北部

テーマ別の旅行案内書

鉄道院・鉄道省のテーマ別旅行案内書

鉄道院・鉄道省は、大正時代に『神まうで』、『温泉案内』や『お寺まゐり』など、昭和に入ってからは「郷土旅行叢書」シリーズなど、テーマ別の旅行案内書も編纂・刊行しています。

神まうで

賀茂の葵祭

温泉案内

道後温泉

お寺まゐり

法隆寺

諸國年中行事 (郷土旅行叢書)

生剥(なまはげ)/竿燈

博文館の趣味の旅シリーズ

明治時代から昭和前期まで、数多く旅行案内書を刊行してきた出版社に博文館があります。野崎左文、田山花袋や谷口梨花の著作、鉄道省編纂の旅行案内書などを刊行したほか、古社寺や伝説、民謡などもテーマにした「趣味の旅」シリーズを刊行しています。このシリーズは歴史家の笹川臨風(1870-1949)や風俗史家の斎藤隆三(1875-1961)らも執筆しました。

古跡めぐり : 趣味の旅 笹川臨風

中尊寺

古社寺をたづねて : 趣味の旅 斎藤隆三

国立公園の案内書

日本で初めて国立公園が指定された昭和9(1934)年前後には、国立公園の候補地や指定された地域を紹介する案内書が刊行されました。

国立公園案内 : 附・旅程とその費用

霧島国立公園案内

国立公園日光案内 : 国幣中社二荒山神社由来

華厳瀑(華厳滝)

阿寒國立公園地帶案内圖

脚注

  1. ^
    荒山正彦 著『近代日本の旅行案内書図録』(創元社 2018), p.10
  2. ^
    荒山正彦 著『近代日本の旅行案内書図録』(創元社 2018), p.53
  3. ^
    山本鉱太郎 著『旅行案内記三百二十年』(山本鉱太郎 1975), p.28
  4. ^
    中川浩一 著「日本のガイドブックと時刻表」『旅の文化誌 : ガイドブックと時刻表と旅行者たち』(伝統と現代社 1979), pp.198-200
  5. ^
    福永香織 著「ジャパン・ツーリスト・ビューローと『ツーリスト』」, 日本交通公社旅の図書館 総監修『ツーリスト』(ゆまに書房 2017-), p.28
  6. ^
    谷沢明 著「序 日本の観光 ─昭和初期」『日本の観光 : 昭和初期観光パンフレットに見る』(八坂書房 2020), p.22
  7. ^
    中川浩一 著「日本のガイドブックと時刻表」『旅の文化誌 : ガイドブックと時刻表と旅行者たち』(伝統と現代社 1979), pp.208-209
  8. ^
    金子直樹 著「国内観光とガイドブックの変遷」, 神田孝治 編著『観光の空間 : 視点とアプローチ』(ナカニシヤ出版 2009), pp.125-127
  9. ^
    山本光正 著「旅行案内書の成立と展開」『国立歴史民俗博物館研究報告』第155集 2010.3, pp.130-131
  10. ^
    山本鉱太郎 著『旅行案内記三百二十年』(山本鉱太郎 1975), pp.24-25

参考文献