山田 やまだ 方谷 ほうこく

生没年
文化2年2月21日 〜 明治10年6月26日
1805年3月21日 〜 1877年6月26日)
出身地
岡山県
職業・身分
学者(人文科学)
別称
球(名)、琳卿(字)、安五郎(通称)、阿璘(幼名)、方谷(号)

解説

陽明学者。備中新見(岡山県)藩儒の丸川松隠に学び、上洛後松山藩校(岡山県)有終館会頭となる。天保5(1834)年江戸で佐藤一斎に師事。嘉永2(1849)年抜擢されて藩財政の改革を行う。学者として名声が高く、久坂玄瑞、河井継之助らが来遊従学。文久2(1862)年藩主板倉勝静が幕府の老中になったことに伴い幕政顧問。慶応4(1868)年岡山に長瀬塾を開く。明治維新後は教育活動に努め、明治6(1873)年再興した岡山県閑谷学校に出講した。

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山田方谷の肖像
  • 山田方谷の肖像1枚目
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