本野 もとの 一郎 いちろう

生没年
文久2年2月23日 〜 大正7年9月17日
1862年3月23日 〜 1918年9月17日)
出身地
佐賀県
職業・身分
官僚 政治家

解説

外交官。佐賀藩蘭学者・本野盛亨(もりみち)の長男。明治17(1884)年フランスのリヨン大学に入学し、帰国。23年外務省翻訳官となる。ベルギー公使、フランス公使を経てロシア公使となり、日露戦争前後の外交や日露協約締結に尽力した。大正5(1916)年寺内内閣時の外相。ロシア革命の折、シベリア出兵を主張したが、その後持病悪化で病死。

関連資料

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本野一郎・盛一関係文書

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本野一郎の肖像
  • 本野一郎の肖像1枚目
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