島津 しまづ 斉彬 なりあきら

生没年
文化6年3月14日 〜 安政5年7月16日
1809年4月28日 〜 1858年8月24日)
出身地
東京都
職業・身分
公家・旧大名
別称
忠方(初名)、又三郎(通称)、惟敬・麟洲(号)、順聖院(諡)

解説

幕末の第11代薩摩藩主。藩主島津斉興の長子。異母弟久光と継嗣を争い、嘉永4(1851)年藩主となる。6年ペリー来航後、徳川斉昭、松平慶永ら有力大名や老中阿部正弘と結び、幕政改革・公武合体を図る。また洋学に傾倒し、川本幸民、高野長英、杉田成卿等と洋書の購読・翻訳・研究、反射炉や軍艦等の建設を始めガス灯・ガラス製造等のため洋式工場を作り、安政4(1857)年集成館と命名。斉彬は当時の日本をめぐる国際情勢に明るかったが、5年急死した。

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島津 しまづ 斉彬 なりあきら

島津斉彬の肖像
  • 島津斉彬の肖像1枚目
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