津田 つだ せん

生没年
天保8年7月6日 〜 明治41年4月24日
1837年8月6日 〜 1908年4月24日)
出身地
千葉県
職業・身分
学者(自然科学)
別称
千弥、仙弥(幼名)、小島、桜井(旧姓)

解説

農学者、教育者。佐倉藩士の子として生まれ、安政4(1857)年江戸で蘭学・英学を学ぶ。文久元(1861)年外国奉行通弁となり、慶応3(1867)年渡米、帰国後に築地ホテルに勤務。明治6(1873)年ウィーン万博に参加、オーストリアの農学者D.ホーイブレンクから農学を学び、帰国後『農業三事』を著す。9年学農社農学校を設立、西洋農法の普及に努めた。津田梅子は仙の次女である。

関連資料

著作

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津田 つだ せん

津田仙の肖像
  • 津田仙の肖像1枚目
  • 津田仙の肖像2枚目
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