4 実学・測量関係

和算のもう一つの特質である実学としての側面を示す資料を、ここでは紹介する。

役人・職人関係の資料では、徴税の基本情報を知るために行われた検地の管理マニュアル、大工の技術に想を得て書かれたと思われる聞書、土木工事に必要なマニュアルを紹介する。

ほかに、数学を直接応用した分野の代表として測量術を取り上げ、国立国会図書館が所蔵する写本群を紹介する。特に最後の『測地度説』は、伊能忠敬に関係する資料として特筆されるものである。

役人・職人

1 検地算法秘本
写 1冊 <198-350>

近世に租税として重視されたのは、米を中心とした年貢であった。年貢の徴収量を確定するために、役人たちは各村落の農地の形状や作柄の等級を把握しておく必要があった。本書冒頭には、この年貢を算出するために必要な田畑の面積計算が記されている。後半になると、この備忘録の筆者が手がけた計算練習も収められているが、所々に検地に必要な算術の知識やデータがまとめられている。本文中、幕末の「安政」の年号も散見するので、この頃まで書き継がれた雑記帳であろうと考えられる。

2 算法普請手引集
写 3冊 <211-402>

前項で述べた「検地」に関わる業務と、ここで紹介する資料『算法普請手引集』の内容は、近世の役人層が地域支配の実践事例として熟知しておかねばならない事柄であった。当時求められていた土木工事の概要が普請であるが、本書には堤防の築造法、そしてそれが決壊したときの補修の仕方、橋や堰の構築法がまとめられている。本文の随所にその工事を実践するために必要となる、基本的な算術の公式について解説が記されている。著者は不明であるが、普請に携わった役人層に継承された知識がこのような形で整理されたのであろうと考えられる。純粋な意味での和算書ではないが、当時の算術と土木技術がどのような関係を持っていたのかを示す、数少ない資料である。跋文には安政4年(1857)とある。

3 番匠算法聞書
写 1冊 <119-131>

著者、成立年代ともに不明の写本である。

タイトルの「番匠」とは現代で言うところの大工である。本書の内容は、木材から適当な形の部材を切り出すことを前提とした例題が記されている。(一部、不備があったものか、抹消されている箇所もある。)例えば、正五角形、正八角形などを正方形の角材から切り出すときの寸法が例示されている。

建築現場や指物の場面において使われていたであろう和算の知識が表だって残されることはほとんど無かったようであるが、本書のように特殊な例題を集めた備忘録により、職人の間で使われていた算法を知る手がかりが得られる。

測量術

清水流町見術

4 規矩元法別伝
清水貞徳述 石田景如記 写 1冊 <140-201>

本書は清水貞徳(1645-1717)が始めた清水流の町見術(測量術)の解説書。正確に言えば、清水貞徳の著書ではなく、門弟筋の誰かが筆録を整理してできたものがこの写本である。清水流で使われていた用語の解説が主となっている。

17世紀の間に、幕府は数回にわたって国絵図の作製を全国の大名に命じている(国絵図とは国単位で描かれた地図のこと)。そのために、測量術に対する需要が増え、清水のような測量家がその技術を全国に普及させる契機を得ている。

本書に述べられている清水流の測量術は、現在、平板測量といわれている技術を中心に据えている。水平に置いた板の上に紙を置き、そこに直接、地形の縮図を写し取る技法である。日本人はこの技法をオランダ人から学んだと考えられている。

5 規矩要法口伝私録
河原貞頼編 写 9冊 <212-54>

清水流の町見術は、江戸時代を通じて幾つかの支流に分かれていったが、ここで紹介する一連の写本(9冊)は清水貞徳から信濃の河原貞頼(1665-1743)、そして伊勢の村田氏に伝来した内容を収録している。写本の所有者は幕末の和算家・渡辺以親(1795-?)である。

この町見術では、伝承が重なるにつれ、その内容に改善と修正が加えられ、一つ一つの道具に対する解説が詳細になっている。平板測量規矩元器(方位測定器)による測量の実践の他に、分度の矩(ぶんどのかね)の作図における使い方も説明されている。伊能忠敬が18世紀末の西洋式測量術を導入する以前の段階での、日本的な測量術の一つの到達点を示す資料である。

オランダ由来の知識

6 分度余術 3巻
松宮観山編 写 6冊 <139-77>

著者の松宮観山(1686-1780)は北條流の兵学者として知られるが、和算家の建部賢弘(1664-1739)とも交流があり、本書『分度余術』にはそれらの知見を生かした測量術と天文学の総合的な内容がまとめられている。

本書には中国の兵学書からの引用や、オランダ由来の測量術、そして建部から教えられた天文学の成果などが雑然と盛り込まれている。基軸となっているのは北條流の兵学とそれに必要な測量術であるが、オランダの知識あり、中国の知識あり、さらには和算の知識も取り込まれていて、一体、松宮の目指していたものがどこにあったのかは判然としない。逆に、その博学多識、自由自在な折衷の様を本書はまざまざと見せてくれる。17世紀初頭の享保期に盛んとなった実学尊重の機運を体現した書ともいえる。

7 秘伝地域図法大全 2巻
細井広沢著 写 1冊 <213-193>

著者の細井広沢(1658-1736)は、書家としても知られる人物であるが、町見術にも造詣が深かった。若年の頃より学んだその知識と、後に柳沢吉保(1658-1714)の配下として参加した地方の巡検の際の実践の成果が、本書『秘伝地域図法大全』に集約されている。

細井が本書で特に強調しているのは、オランダから伝えられた測量術や航海術の優秀さであった。前項で説明した『分度余術』も同時代の町見術をまとめているが、細井の場合はオランダ由来の町見術に特化した説明をしている。平板測量を主とした野外での測量法と、地図の作図の要領が多くの図によって説明されている。また、細井に至るオランダ流の町見術の学統も述べられていて、測量術の歴史を考察する上で貴重な情報を提供している。

8 秘伝地域図法大全書
細井広沢著 写 3冊 <W386-N4>

前項を参照のこと。前項は、1冊(乾巻)のみだが、こちらは3冊あり、乾巻、坤巻、坤巻附録からなる。最後の附録は、測量や天文関係の道具が紹介されていて、紙の仕掛けで動かすことができるものもあり、興味深い。

9 国図携要
宮井安泰伝 写 1冊 <229-116>

著者の宮井安泰(1760-1815)は、金沢の和算家。本書はオランダ流の町見術の中でも、国絵図を作製する際の要領をまとめたものである。挿図はなく、各項目のポイントが手短にまとめられているだけである。

金沢方面には清水貞徳とは別系統のオランダ流の町見術が伝えられ、現在の石川県・富山県地域に広く流布した。特に宮井の系統から出た富山の和算家・石黒信由(1760-1836)はこの町見術を独自に改良し、幾つかの測量道具を試作している。

10 規矩元法 乾
写 1冊 <W386-4>

本書は著者、年代ともに不明。内容は、オランダ流の町見術をまとめたものであるが、類書と比較してみても、同系統のものが見当たらず、珍しい写本である。何点かの写本を突き合わせて内容を比較した形跡もあり、町見術の伝授に関わった人物が意識的にこの写本を作成した様子もうかがえる。

写本の所持者として冒頭に記されている小林百哺(1804-1887)は、幕末越後の和算家。次項『図法三部集』もまた小林の旧蔵書であり、この二つがセットになっていたと考えられる。

11 図法三部集 坤
写 1冊 <W386-5>

前項の『規矩元法』とセットになっている写本である。写本の旧蔵者も、同様に小林百哺である。

タイトルにある『図法三部集』の他に、本書は『規矩元法町見箇条』、『規矩元法別伝』などを収録し、オランダ流町見術の基本的な内容を備えている。前項の『規矩元法』と同じく、類書には見られない説明文などが散見し、オランダ流の中でも特異な位置を占める写本である。

伊能忠敬

12 測地度説 3巻
写 3冊 <W386-N2>

本書は、伊能忠敬(1745-1818)が東日本において実測した北極星の高度(北極出地)を、測量した行程ごとに列挙したもの。伊能が有名な全国測量を敢行する以前、本来関心を持っていたのは天文学であった。とりわけ、日本付近の緯度一度の距離がどれくらいになるのかが問題となっていた。それを実測するために彼は東日本の測量を開始したのであった。

伊能の自筆原稿などは伊能忠敬記念館(千葉県)に所蔵されているが、本書は幕末の和算家江沢述明が所蔵していた写本である。この江沢宛に出された、渋沢栄一(1840-1931)・渡辺浩基連名の封書が添付されている。

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