東京帝国大学卒業後、国語調査委員会嘱託となり「音韻調査報告書」「口語法調査報告書」など、標準語制定のための調査・編纂事業に携わる。のち第七高等学校(のちの鹿児島大学)、大阪外国語学校、大谷大学などの教授を歴任。古辞書や韻書の研究、西洋人による日本語研究などに業績を残した。