おわりに

西洋の影響を受けて服装や生活様式が大きく変化すると、服装を改める通過儀礼はその意味を失っていきました。特に幕末や明治初期に来日した外国人からお歯黒染めはグロテスクなものと捉えられ、明治政府は外国との交流のために廃止しようとしました。明治3(1870)年2月に華族の歯黒・引眉を禁止し、明治6(1873)年には明治天皇と皇后も歯黒・引眉をやめることとなりました。
明治22(1889)年の皇室典範で天皇や皇族の成年年齢が定められ、成年に達した天皇や皇族の成年式が行われるようになります。成年式について定めた皇室成年式令は昭和22(1947)年に廃止されますが、現在も慣例として、皇族が成年に達した時は成年式が行われています。

幕末・明治・大正回顧八十年史

大正8(1919)年に行われた、皇太子殿下(昭和天皇)御成年式

一般の人々の成人儀式も、生活様式の変化とともに徐々に見られなくなっていきました。明治6(1873)年に兵役の制が敷かれると、男性は20歳になり徴兵検査を受けて入営することで、成人したとみなすのが一般的になりました。また、明治9(1876)年、当時の法令に当たる太政官布告で満20歳が成年と定められ、その後に制定された民法でも成年は満20歳とされました。
今回の本の万華鏡では、どのような儀式を経て一人の人物が「大人」として認められたのかを、日本の伝統的な成人儀礼を通して振り返ってきました。皆さんに馴染みのある成人式とは、大きく異なる作法や背景、意味合いをもつ儀式だったのではないでしょうか。
本展示が、日本の成人儀礼の来し方を知るきっかけになれば幸いです。

参考文献

全体

第1章 公家の成人

第2章 武家の成人

第3章 庶民の成人

コラム 七五三

おわりに



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