三宅 みやけ 花圃 かほ

生没年
明治元年12月23日 〜 昭和18年7月18日
1868年2月4日 〜 1943年7月18日)
出身地
東京都
職業・身分
文学者
別称
田辺龍子(たなべたつこ)(本名)、夢借舎丁々子(号)

解説

小説家、随筆家。中島歌子の歌塾である萩の舎で和歌を学ぶ。明治21(1888)年に開化期の女学生像を描いて浅薄な欧化主義を批判した第一作『藪の鶯』を刊行し、文壇に登場する。翌年東京高等女学校(後のお茶の水女子大学)を卒業し、25(1892)年には哲学者の三宅雪嶺と結婚、その後も『露のよすが』(1895)、『萩桔梗』(1895)等を発表する。大正9(1920)年夫とともに雑誌『女性日本人』を創刊、自らも婦人問題についての随筆を書いた。

関連資料

著作

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三宅 みやけ 花圃 かほ

三宅花圃の肖像
  • 三宅花圃の肖像1枚目
  • 三宅花圃の肖像2枚目
  • 三宅花圃の肖像3枚目
出典: