史料にみる日本の近代 -開国から戦後政治までの軌跡-

警察予備隊瞥見

警察予備隊瞥見

※ 組織系統表(11コマめ)については、テキストを作成していません。



【1コマ~5コマ】

警察予備隊瞥見

一、 警察予備隊の現使命

警察予備隊の使命は警察予備隊令(二五.八.一〇 政令 二六〇)第一条に明記せられてある。書に依ると「我が国の平和と秩序を維持し公共の福祉を保障するのに必要な限度内で国家地方警察及自治体警察の警察力を補ふ為めに設ける」ので警察機関であり、其

の主体は実に保安警察に在る

警察――司法警察
保安警察

そこで保安警察の対象は何かを考へると現在の日本内外の情勢上 1、国際共産革命の武装による国家破壊 2、社会不安よりする暴動 が最も重大であり、ダレス氏の屡言する間接侵略に対する国家自衛である。其の任や極めて大でありと謂はねばならぬ。即ち軍無き今日、旧陸軍の使命の一であった国家の安寧秩序の維持の為の後拠なる使命を有するものである。


二、 警察予備隊の行動

前記目的の為同令第二条に「治安維持の為特別の必要がある場合に於て内閣総理大臣の命を受け行動し」「其の活動は警察の任務の範囲内に限らるべきものであって憲法の保障する個人の自由及権利の干渉にわたる等其の権能を濫用することとなってはならない」

此の条項の示すところは極めて強大且不羈奔放の権限を総理大臣に附与するものである。其の使命の重大性と共に予備隊は其の組織、運用、訓練に於て其の他人事経理、内務諸般に亘り能く其の負託に副ふところが無ければならない。


三、 警察予備隊の組織

別表の通りで本部の組織権限は同令第六条以下に規定せられ総定員七五、一〇〇人(内文官一〇〇、警察官七五、〇〇〇)である。茲に注意を要することは以上は政令であるが、以下施行令、本部組織規程等多くの政令若は総理府令を以て規定せられてゐる。今日の憲法の下に於て之ほど重大なことを法律に依らずして律せられて居るものは少ないことである。予備隊が国会と遊離し、国民と親和し得ない重大な出発点では無らうかと思はれる。又、総理府の機関として設置せられて居る点も厳たる主務大臣のある他の官憲に比し其の育成発展上隔靴掻痒の憾がある。


四、警察予備隊の現況

創業の難は何人と雖も容易ならざる所である。特に予備隊の如く何等の研究準備なく突如として設置せられ経験に乏しき人員を以て急速に発足したものに就ては其の育成の悩は痛く同情の眼を以て推察するを要する。今仄聞するところに拠り其の悩みとする現況の二,三を拾って将来の参考に資し為政者の協力の一端としたい。

(一) 警察か軍隊か性格不鮮明に基く統率統御の不徹底

警察と軍隊とは侵すべからざる区別がある。均しく武器を具へたとしても前者が国法に基く一切の法令規則に従ひ行動するを要するに対し、後者は生死を賭して不羈奔放の対敵行動を主とする。特に生死を超越すべきは極度の個人の奉仕であり最高の規範である点は根本的の相違である。元来警察の対象とするところは個人であり且国内防犯より起り軍隊の如く外国の敵では無い。隊伍による集団武力を以てする国家間の斗争は軍隊の任ずるところである。強大な火砲と戦車とを以て装備せられた組織集団は如何に説明せんとしても「実質軍隊」なることは三才の童子の常識である。内外の情勢上軍備建設の旗幟樹立は容易で無いが現警察予備隊の育成並統率上、上下全員の悩であり其の使命遂行の実力を備ふるには其の性格上、実質上望洋の嘆あるは申す迄も無い。


(二) 創設要領の過誤より来る組織の未熟


【6コマ~10コマ】

頭脳無き集団は烏合の衆である。一度烏合の衆化せるものを紀律節調ある団結に転換するは至難である。予備隊の編成に当り先ず隊員を募集し次で下級幹部を揃へ逐次上級指揮官を充足せるは組織着手上重大なる過誤である。現長官特に総監以下首脳者の苦心正に同情の至りである。


(三) 適材適処の得難き所に育成の難あり

員数取揃へに急にして隊長、幕僚、事務、経理、衛生、兵種の特性に応ずる適材の充足に遺憾無りしやは今日に於ても機能発揮の容易ならざるを示すものである。


(四) 法制の不備

機関銃を射つ―良民に命中せば如何。畑(私有地)に陣地を占領する―演習の場合と雖も農民の拒否を排除することは出来ない。右は一例に過ぎない。予備隊の非常出動を想ふ時、又平素の実践的訓練の為にも其の活動に遺憾無らしむる法制は速に整備せられねばならない。


(五) 以上の外

1、 保安戦略の確立(警察的限界の払拭)警備保安計画の策定書に基く行動軌範の編纂並統帥指揮、運用、訓練、内務、衛生、経理、法務、通信連絡、輸送、補給、補充、人事及之等に伴ふ施設、予算等内容実整の為の施策は枚挙に遑ない状態である。

2、 隊員士気の振作、厳粛なる規律節制之と表裏する賞罰の権は未だ不十分なるを免れぬ。

3、 上下左右業務の分掌分課、協同連絡を良好にし能率を刷新する要大である。

4、 物資調達の方途に於て制式規格の不備、検査眼の疎漏等による浪費無らしむるやう監察の要あり。不正汚職の絶無を期すること勿論である。


五、 今後の対策

(ア) 予備隊の増強に伴ひ速に其の性格を「軍」に切替るを要する。少くも将来「軍」たるべきことを明示(已むを得ざるも内示)して純正なる育成に努力する必要があらう。此の事は対外的考慮に基く国際政治上の立場と予備隊指導上の立場とを峻別する要がある

(イ) 予備隊存立の根源はポツダム政令の廃止に伴ひ憲法に立脚する国会の議を経て明確なる基本を確立し依て以て政治と国民との撓まざる支援協力ある存在たらしむることが緊要である。

(ウ) 慎重なる事前研究準備無き増強は蕪雑、不節制であり徒らに国費の濫費のみならず、国家百年の伝統を樹立する所以ではない。

(エ) 現隊員の契約期限後の補充を速に明にし一般幹部以下の不安と消極性を打破するを要する。腰が落付かぬ。

(オ) 予備隊が将来再軍備の母体たる算大なりとせば現況は余りにも低級である。差当り好むと好まざるとに拘らず謙虚なる包容性を以て旧軍人中の善良有為の士を採用するのが捷径妥当の方途と考へられる。但し其性格、機構法制の不備、政府国民の熱意無くんば有為の旧軍人を吸収するも大なる期待は持てないことを附言する。

(カ) 米軍の好意ある協力とアドバイザーの上下各官への附添は感謝の至であるが創業年余の今日、其の目的を十分果したものと思はれるので少くも日本独立以後に於ては之を辞退すべきである。日米合同委員会の如き機関を通ずる大局的協同と指導援助に転移すべく些些たる干与は動もすれば感情疎隔の端たらざるやを憂へるものである。


以上は現警察予備隊の現在の使命(広義狭義を含む)の範囲に於ての瞥見である。軍備としての見地からは観察して居らない。若し軍備、国民の負荷ありとして観察するならば別に根本的に論ぜらるべきは謂ふを俟たない。

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