コラム 和菓子デザイン5選

江戸時代に入ると菓子に古典文学や四季の風情などに由来するデザインや風雅な名称を付けるようになります。例えば羊羹一つをとっても、様々に趣向を凝らした意匠や名称が用いられるようになりました。
菓銘の由来や菓銘とデザインとの関係には、多様な解釈の仕方がありますが、ここでは榊原芳野(1832-1881)旧蔵書に含まれる『御蒸菓子図』【を二-85】という菓子の見本帳に掲載されたものから5点取り上げ、当時よく知られていたであろう和歌とともに紹介します。

難波津

御蒸菓子図

難波津に 咲くやこの花 冬ごもり
    今は春べと 咲くやこの花<古今・仮名序>

[訳]難波津に咲く梅の花よ。もう今は春だといって咲く梅の花よ。

大阪湾にあったという難波津、そこに咲くこの花は梅の花です。「難波津」と言えばこの歌を指し、習字の初歩としても親しまれたそうです。

竜田川

御蒸菓子図

竜田川 紅葉乱れて 流るめり
    渡らば錦 中や絶えなむ<古今・秋下283>

[訳]竜田川に紅葉が散り乱れて流れているようだ。もし川を渡ったら紅葉の錦が途中で断ち切られてしまうだろうか。

奈良県を流れる竜田川は紅葉の名所で、和歌によく詠まれました。また、流水に紅葉の葉を散らした模様を「竜田川」というのは、古今和歌集のこの和歌にちなんでいると言われています。

暗部山

御蒸菓子図

梅の花 にほふ春べは 暗部山
    闇に越ゆれど 著くぞありける<古今・春上39>

[訳]梅の花が美しく咲く春のころには、暗いという名を持つ暗部山を闇夜に越えても、かぐわしい香で、梅のありかがそれとはっきりわかるよ。

この歌は紀貫之によるものです。暗部山とは暗い山の意味ですが、暗闇を漂う梅の香は時折詩歌の題材にされました。梅のデザインはその連想からでしょう。

白雲

御蒸菓子図

おしなべて 花の盛りに 成りにけり
    山の端ごとに かかる白雲<千載・春上69>

[訳]この世はどこも一様に花の盛りになったよ。どの山の端にも白雲がかかっている。

咲き誇る山桜を白雲に見立てた西行の和歌です。図柄では桜花が白雲の如く空に浮かんでいます。

吉野川

御蒸菓子図

吉野川 岸の山吹 咲きにけり
    峰の桜は 散り果てぬらん<新古今・春下158>

[訳]吉野川は岸の山吹が咲いたよ。山頂の桜はもう散り尽くしたことであろう。

川岸に咲く山吹の花を見て山頂辺りの山桜は散ってしまったと想像する藤原家隆の歌です。図柄の桜も散り際でしょうか。疎らな花びらがデザインされています。

このようなデザインや菓銘は、江戸時代に始まり現代でも見られます。紹介した5つの中にはほかの解釈の余地もありますが、菓銘やデザインが想起させる情景をあれやこれやと想いながら楽しめることもまた、和菓子の魅力かもしれません。

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第2章 和菓子をめぐる風俗



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