第八十九囘帝國議會衆議院豫算委員會議録(速記)第七囘 昭和二十年十二月八日[憲法改正四原則(松本)]

(第一類第一号)

第八十九囘帝国議会衆議院 予算委員会議録(速記)第七囘

昭和二十年十二月八日(土曜日)午前十時十六分開議
出席委員左ノ如シ
委員長 中島弥団次君
理事 石坂繁君 理事 今尾登君
理事 片山一男君 理事 南条徳男君
理事 真鍋儀十君 理事 池田正之輔君
理事 中村又七郎君 理事 田中好君
理事 水谷長三郎君    
  浜田尚友君   赤間徳寿君
  有馬英治君   植松練磨君
  小山田義孝君   大口喜六君
  勝正憲君   勝又春一君
  小野秀一君   岸井寿郎君
  駒井重次君   坂下仙一郎君
  川崎克君   川副隆君
  篠原陸朗君   庄司一郎君
  鈴木正吾君   曽木重貴君
  田中伊三次君   田中藤作君
  田中貢君   田部朋之君
  竹内俊吉君   谷原公君
  鶴惣市君   中井亮作君
  中村三之丞君   中村庸一郎君
  長井源君   南郷武夫君
  木村武雄君   浜地文平君
  浜野徹太郎君   樋口善右衛門君
  松尾三蔵君   松田竹千代君
  小山亮君   阪本勝君
  中谷武世君   三宅正一君
  紫安新九郎君   守屋栄夫君
  森下国雄君   安藤覚君
  山本芳治君   横川重次君
  吉田正君    
出席国務大臣左ノ如シ
  内閣総理大臣兼
第一復員大臣
第二復員大臣
  男爵 幣原喜重郎君
  司法大臣   岩田宙造君
  農林大臣   松村謙三君
  文部大臣   前田多門君
  外務大臣   吉田茂君
  内務大臣   堀切善次郎君
  国務大臣   松本烝治君
  厚生大臣   芦田均君
  国務大臣   次田大三郎君
  大蔵大臣   子爵 渋沢敬三君
  運輸大臣   田中武雄君
  商工大臣   小笠原三九郎君
  国務大臣   小林一三君
出席政府委員左ノ如シ
  内閣副書記官長   三好重夫君
  法制局長官   楢橋渡君
  法制局次長   入江俊郎君
  情報局総裁   河相達夫君
  情報局次長   赤羽穣君
  逓信院総裁   松前重義君
  逓信院次長   新谷寅三郎君
  逓信院総務局長   鈴木恭一君
  戦災復興院次長   松村光磨君
  外務政務次官   犬養健君
  外務参与官   松浦周太郎君
  外務省政務局長   田尻愛義君
  外務省管理局長   森重干夫君
  内務政務次官   川崎末五郎君
  内務参与官   中助松君
  内務省警保局長   小泉梧郎君
  内務省管理局長   大島弘夫君
  大蔵政務次官   由谷義治君
  大蔵参与官   山本粂吉君
  大蔵省主計局長   中村建城君
  大蔵省主税局長   池田勇人君
  大蔵省国民貯蓄局長   今井一男君
  大蔵省金融局長   久保文蔵君
  大蔵省外資局長   野田卯一君
  専売局長官   植木庚子郎君
  第一復員政務次官   宮崎一君
  第一復員次官   原守君
  第一復員参与官   野口喜一君
  第一復員官   吉本重章君
  第二復員政務次官   田中亮一君
  第二復員次官   三戸寿君
  第二復員参与官   星野靖之助君
  第二復員官   山本善雄君
  司法政務次官   手代木隆吉君
  司法参与官伯爵   渡辺昭君
  司法省民事局長   奥野健一君
  司法省刑事局長   佐藤藤佐君
  司法省刑政局長   清原邦一君
  司法省調査官   荻野益三郎君
  文部政務次官子爵   三島通陽君
  文部参与官   森田重次郎君
  文部省学校教育局長   田中耕太郎君
  厚生政務次官   矢野庄太郎君
  厚生参与官   田中和一郎君
  厚生省労政局長   高橋庸弥君
  厚生省保険局長   青柳一郎君
  農林政務次官   紅露昭君
  農林参与官子爵   北条雋八君
  農林省開拓局長   西村彰一君
  食糧管理局長官   並川義隆君
  商工政務次官   木暮武太夫君
  商工参与官男爵   山根健男君
  商工省総務局長   菅波称事君
  商工省商務局長   岡村武君
  商工省繊維局長   松田太郎君
  運輸政務次官   新井尭爾君
  運輸参与官   白川久雄君
  運輸省企画局長   小野哲君
  鉄道監   満尾君亮君
  鉄道監   伊能繁次郎君
  運輸省海運総局長官   福原敬次君

本日ノ会議ニ上リタル議案左ノ如シ
(第一号)昭和二十年度歳入歳出総予算追加案
(第二号)昭和二十年度歳入歳出総予算追加案
(特第一号)昭和二十年度特別会計歳入歳出予算追加案
中島委員長 是ヨリ会議ヲ開キマス、――中谷武世君
中谷委員 私ハ先ヅ総理大臣ニ御伺ヒシタイノデアリマスガ、今日ノ日本ニ取リテノ最高課題ハ「ポツダム」宣言ノ完全履行ト云フコトデアリマス、国家意思トシテ之ヲ受諾致シマシタル以上ハ、之ヲ好ムト好マザルトヲ問ハズ、之ヲ欲スルト欲セザルトニ拘ラズ、又相手方ノ出方如何ニ関セズ、自主的ニ積極的ニ是ガ完全履行ヲ図ル、茲ニ所謂道義日本ノ再出発ガアルト確信スルノデアリマス、完全且ツ自主的ニ之ヲ履行スルト云フコトガ肝要デアリマシテ、世上或ハ聯合軍ノ速カナル撤収ヲ図ルガ為ニ、成ベク一切ニ亙ツテオ気ニ召スヤウナヤリ方ヲシナケレバイカヌト云ツタヤウナ、因循姑息ナ考ヘ方モ行ハレテ居ルノデアリマスガ、日本ガ「ポツダム」宣言ヲ履行スルノハ日本自身ノ良心、日本自身ノ道義心ニ従ツテ之ヲ履行スルノデアリマシテ、聯合軍ノ撤収ノ時期ガ早イカ遅イカハ日本側ノ関知スル所デハナイ、十年居ラウト二十年居ラウトサウ云フコトニ関係ナク日本ハ自ラノ道義心ニ照シテ国家的約束ハ約束トシテ完全ニ之ヲ履行スル、茲ニ道義的再建ノ途ガアルト確信シマス、之ニ関聯シテ総理大臣ニ伺ヒタイノデアリマスガ、過日ノ本会議ニ於ケル総理大臣ノ施政方針ノ演説ノ中デ、「対外問題ノ処理上自ラ正義ナリ、公平ナリト信ズル政策ハ飽クマデ之ヲ主張スベキハ当然ノ事理デアル、唯之ヲ徹底スルガ為ニ必要ナル実質的国力ヲ失ツテ居ルノガ現状デアツテ敗戦国トシテ避ケラレナイ事実デアル」ト述ベラレテ居ルノデアリマスルガ、此ノ実質的国力ノ意味ハ如何ナルモノデアリマセウカ、見方ニ依リマスレバ、首相ノ此ノ言葉ハ対外関係ニ於テ、自ラ正義ナリ公平ナリト信ズル所ヲ貫徹スルガ為ニハ、何等カノ実質的国力ノ背景ヲ必要トスル、敗戦国ナルガ故ニ之ヲ欠イテ居ルノハ、悲痛ナ現実デアルト云フ風ニ歎ジテ居ラレルヤウニ受取ラレルノデアリマス、即チ斯クノ如キ表現ハ、恰モ首相ガ所謂権力外交、武力ヲ背景トスル外交ニアラザレバ、正義モ公平モ貫徹スルコトガ困難デアルト云ツタヤウナ、古イ世界観ニ立脚シテ物ヲ言ツテ居ラレルヤウナ誤解ヲ与ヘル虞ガアル、現ニ十一月二十九日ノ朝日新聞ト読売報知新聞トハ、其ノ社説ニ於テサウ云フ意味ノ論評ヲ加ヘテ居ルノデ□□マス、私ハ此処デ右ニ用ヒラレタ表現ノ内容ヲナス総理大臣ノ真意ヲ御伺ヒシタイ、私ハ十分総理ノ苦衷ヲ御察シシマス、言ハント欲シテ言ヒ得ザルモノヲ言外ニ聴クノデアリマス、併シナガラ少クモアノ表現ニ用ヒラレタヤウナ言葉デハ、首相ノ本当ノ意図トハ異ツタ解釈ヲ与ヘル虞ガアル、国家的見地カラモ此ノ点ニ付テ改メテ真意ノ御闡明ガ願ヒタイノデアリマス
幣原国務大臣 只今ノ御質問ニ御答ヘヲ申上ゲマスガ、今日ノ我ガ国ニ課セラレタル任務ハ「ポツダム」宣言ノ忠実且ツ完全ナル履行ト云フ点ニアリマスコトハ申スマデモアリマセヌ、只今中谷君ノ御話ニナツタ通リデアリマス、其ノ「ポツダム」宣言ハ我ガ国ノ軍国主義ヲ拭ヒ去リ、民主主義、平和主義、合理主義ニ基イテ我ガ国ヲ改革セントスルモノデアリマスカラ、徹頭徹尾之ヲ誠実ニ履行致シマスルコトハ、単ニ我ガ国ノ聯合国ニ対スル条約上ノ義務或ハ徳義上ノ義務トカ云フモノニ止マリマセヌ、日本自身ノ見地カラ見テモ、是ハ此ノ方針ニ依ツテ進ンデ行クト云フノガ、日本ノ前途ヲ開拓スル唯一ノ途デアリマスカラ、此ノ意味ニ於テ我ガ国カラモ進ンデ之ヲ遵行スルト云フ気持ニナリタイノデアリマス、我ガ国トシテハ聯合国側ノ意図ヲ明確ニ把握シ、理解シ、以テ自衛的ニ推進シテ行キマスト云フコトハ極メテ重要デアリマシテ、政府ニ於テモ特ニ此ノ点ニ意ヲ用ヒテ居ルノデアリマス
ソレカラ私ガ施政演説中ニ申述ベマシタル実質的国力ト云フモノハドウ云フモノデアルカ、一部ノ人ニハ是ハ私ハ武力ノミヲ意味シタヤウナ印象ヲ与ヘタヤウデアリマスガ、固ヨリ実質的国力ト申シマスレバ武力ノミデハアリマセヌ、平和的ナ意味ニ於テ経済上ノ力ト云フヤウナコトモ含ミ得ルノデアリマス、財政上ノ力ト云フモノモ皆是レ国力デアリマス、決シテ武力ノミヲ私ハ意味シタ訳デハアリマセヌ、私ノ申シマシタ趣旨ハ、寧ロ其ノ前段ニ述ベマシタル、我々ハ対外問題ノ処理上自ラ正義ナリ公平ナリト信ズル政策ハ、飽クマデモ之ヲ主張スルノガ当然ノ事理デアルト申シマシタ、此ノ点ニ重点ガアルノデアリマス
私ハ古イ話デアリマスガ、二十四年前ニ衆議院ノ議場ニ於キマシテ、外務大臣トシテ演説ヲ致シマシタ、其ノ一節中ニ斯ウ云ツタヤウナ趣旨ヲ申シタコトガアリマス、帝国ノ外交ハ我ガ正当ナル権利、利益ヲ擁護増進スルト共ニ、列国ノ正当ナル権利、利益ハ之ヲ尊重シ、以テ極東並ニ太平洋方面ニ於テ平和ヲ確保シ、延イテハ世界全般ノ平和ヲ維持スルト云フコトノ根本主義ニ依ツテ居ルモノデアリマス、是ハ余リ抽象的ニ聞エルカモ知レマセヌガ、事実ニ於キマシテ帝国ノ外交上ニ於ケル政策行動ハ、総テ是ガ出発点トナツテ居ルノデアリマス、我々ハ何等他国ヲ犠牲ニ供シテ無理ナル非理ナル欲望ヲ充タサントスルヤウナ小サイ考ヘヲ持ツテ居ルモノデハアリマセヌ、又所謂侵略主義トカ領土拡張主義トカ云ツタヤウナ、不可能ナ迷想ニ依ツテ動カサレテ居ルモノデハアリマセヌ、ソレト同時ニ日本ノ正当ナル権利、利益ヲ擁護シ増進スルト云フコトハ、政府トシテハ当然ノ責務ト考ヘテ居ルノデアリマス、此ノ責務ヲ遂行シテ行ク上ニ於キマシテ、列国ノ正当ナル権利、利益ト衝突ヲ見ルベキ理由ハ毫モナイト考ヘテ居ルノデアリマス、凡ソ国際間ノ不和ト云フコトハ、一国ガ他国ノ当然ナル立場ヲモ無視シテ、偏狭ナル利己的見地ニ執着するコトニ因ツテ生ズルモノデアリマス、之ニ反シテ我々ノ主張スル所ハ、畢竟列国共存共栄ノ主義デアリマス、今ヤ世界ノ人心ハ一般ニ此ノ方向ニ向ツテ覚醒セントスルノ傾向ヲ示シテ居ル、斯ウ云ツタヤウナ趣旨ヲ私ハ申シタコトガアリマス、然ルニ我ガ国ノ現状ヲ見マスルト云フト、世界ノ殆ド全部ノ国ハ聯合国側ニ入リ、我ガ国ハ現ニ其ノ支配下ニ居ルノデアリマス、僅カニ残サレタ中立国トノ交際スラ、意ノ如クナラナイト云フ窮状ニアルノデアリマス、併シ私ガ二十数年前ニ述ベタ国際正義ニ関スル信念ト云フモノハ、今日マデ引続イテ私ノ確信致シテ居ル所デアリマス、今囘申述ベマシタ演説ノ趣旨モ、全ク此ノ主義方針ニ基イタモノデアリマス、サウ云ツタヤウナ意味デ以テ私ノ演説ヲ御解釈下サレバ、私ノ趣旨ノ存スル所ハ自ラ明カニナルデアラウト考ヘルノデアリマス
中谷委員 能ク了承致シマシタ、恐ラク施政演説ニ於ケル総理ノ真意ヲ其処ニアラレタト存ズルノデアリマスガ、此ノ機会ニ闡明セラレタコトヲ国家的見地カラモ、私ハ大イニ多トスルモノデアリマス、今日ノ日本ハ完全ニ武装ヲ解除セラレ居リマシテ、身ニ寸鉄ヲ帯ビナイ国家トナリマシタ、ガ考ヘ方ニ依リマスレバ、国家トシテ生半可ナ武力ヲ持ツテ居ラナイコトガ、即チ所謂武力的意味ニ於テノ実質的国力ヲ欠イテ居ルト云フコトガ、却テ敗戦日本ノ一ツノ強味デハナイカト考ヘラレル、即チ民族トシテ身ニ寸鉄ヲ帯ビテ居ラヌト云フコトガ、却テ非常ナ強味トモナルト考ヘラレルノデアリマス、即チ恃ム所ハ唯道義力、自分ノ良心ト相手方ノ良心ニ通ズル共通ノ正義感ノミデアル、サウ云ツタ最後ノ極所、最後ノ関頭ニ立ツテ居ルト云フ此ノ心構ヘガ最モ強イノデハナイカト考ヘルノデアリマス、「インド」ノ「ガンヂー」ガ説イタ所ノ非暴力主義、真理ノ把持、所謂「サチアグラハ」ノ信条、日本国民ハ今ヤ此ノ真理ノ把持、正義ノ把持、道義国家ノ信条ニ徹スルコトガ一切ニ亙ル再建ノ大前提デハナイカト考ヘルノデアリマス、又事実ソレ以外ニ立直ル途ハナイノデアリマス、ソコデ総理大臣並ニ文部大臣ニ御伺ヒシタイノデアリマスルガ、文部大臣ガ見エテ居リマセヌカラ、総理大臣ニ御伺ヒ致シマス、日本国民ハ終戦以来所謂虚脱状態ニ陥ツテ居リマス、今尚ホ是ガ立直ツテ居ラヌ、是ニハ色々ナ原因ガアルデアリマセウガ、最モ大キナ原因ハ、国民的理想ノ喪失ニアルト思フノデアリマス、国家的目標ノ見失ヒニアル、戦争中ハ兎モ角モ日本国民ハハツキリシタ一ツノ目標ヲ持ツテ居ツタ、共同ノ国家理想ヲ持ツテ居ツタ、敗戦ト共ニ此ノ理想ハ藁灰ノ如クニ崩壊シ去ツタノデアリマス、生存目標ノ喪失ト云フコトハ、有機体トシテハ生存意思ノ喪失ヲ意味シマス、日本人ハ国家理想ヲ見失フコトニ依ツテ、国家其モノヲ見失ツタト言ツテモ過言デナイ、是ニ於テ先ヅ必要デアルノハ、日本人ノ胸ニ再ビ国家理想ノ光明ヲ点ズルコトデアル、空爆デ焼失シタ廃墟ノ上ニ復興建設ヲ急グヨリモ、急務デアルコトハ国民ノ心ノ廃墟ニ国家的目標ヲ再建スルコトデアルト思ヒマス、即チ古イ「富国強兵」ノ観念乃至ハ武力ヲ背景トシテノ「大東亜共栄圏」建設ノ理想ニ代フルニ、武装ナキ大国ノ建設、身ニ寸鉄ヲ帯ビザル高度文化国家ノ建設、斯ウ云フ理想精神ヲ喚起シ鼓吹スルコトガ、一切ノ現実的、物質的建設ノ大前提デアルト思ヒマス、又今後ニ於ケル国民教育ノ指標モ是ニアルト私ハ考ヘルノデアリマス、即チ武装ヲ解除セラレタル日本ガ、純然タル文化国家トシテ隆々トシテ平和的繁栄ヲ遂ゲ、再ビ世界ノ一流国家ノ水準ニマデ復興シテ、世界ノ文化ニ貢献スルノ実ヲ示シマスル時ニ、日本ノ武装解除ハ単ニ日本一国ノ武装解除ニ止ラナイデ、軈テ世界ノ武装解除ヲ誘導シ来ル「何事ゾ花見ル、人ノ長刀」ト云フ川柳ガアリマスガ、文化ノ華ノ前ニ徒ラニ強大ナル武備ヲ持ツテ居ルト云フコトヲ恥ヅルニ至ルヤウナ、即チ武装ナキ、従ツテ強力ヲ以テ一民族ガ他民族ヲ支配スルト云ツタヤウナコトノナイ道義的世界国家ノ建設、敗残ノ日本人ニ再ビ生甲斐ヲ感ゼシメ、幾十万ノ英霊ニ初メテ安ンジテ瞑目セシメル唯一ノ途ハ茲ニアルト考ヘルノデアリマス、又「ポツダム」宣言ノ受諾ノ意義モ斯クノ如キ理想主義的解釈ニ結付ケテ初メテ真ノ自主性ト積極性ガ生ジ来ルト考ヘルノデアリマスガ、総理大臣ノ御見解ハ如何デアリマスカ
幣原国務大臣 只今ノ御質問ノ御趣旨ハ私ハ深キ同感ヲ以テ拝聴致シタノデアリマス、新日本ヲ建設スル最高ノ理想ハ、終戦ノ際ニ賜リマシタル詔書ノ中ニ炳トシテ明カナ所デアルト思ヒマス、其ノ詔書ノ中ニハ「宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ、道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ」ト仰セラレテアリマス、我々ハ此ノ大理想ノ下ニ国際社会ノ一員トシテ、高度ノ文化国家ノ建設ニ邁進シテ行キタイト思フノデアリマス
中谷委員 文部大臣ガオ見エニナツテ居リマセヌカラ、私ハ転ジテヤハリ総理大臣並ニ松本国務大臣ニ民主主義ノ基本問題乃至ハ之ニ関聯シテノ憲法改正上ノ諸問題ニ付テ所見ヲ伺ヒタイト思ヒマス
中島委員長 文部大臣ハ今登院サレツツアルサウデアリマスカラ、要求シテ居リマス
中谷委員 民主主義ノ根本問題ニ付テハ、既ニ本会議以来度々質疑応答ガ重ネラレテ居ルノデアリマスガ、私ハ今更ノ如ク民主主義ノ基本問題ニ付テ観念ノ遊戯ヲ試ミヨウトスルモノデハアリマセヌ、此ノ民主主義ニ関スル基本認識ヲ日本ノ現実ノ政治上ノ制度ニ適用シタ場合、当嵌メタ場合ニドウナル、如何ナル形態ノモノニナルカト云フコトニ付テ政府ノ所見ヲ質シタイト思フノデアリマス、先ヅ総理大臣ハ本会議ニ於キマシテモ、此ノ委員会ニ於キマシテモ、民主主義ノ基本観念トシテ「民意ノ尊重」ト云フコトヲ強調シテ居ラレマス、民意ノ尊重、洵ニ結構デアリマス、併シ民意ノ尊重ト云フコトヲ民主主義其ノモノ、民主主義ノ本質ノヤウニ受取ラレテ居ルノデアリマスルガ、民意ノ尊重ト云フコトハ施政上ノ一ツノ態度デアリマシテ、民主主義其ノモノデハナイ、民主主義ノ典型的ナ解釈トシテハ、能ク言ハレテ居リマスルヤウニ「リンコルン」ノ所謂人民ノ、人民ノ為ノ、人民ニ依ル政治、「ガヴァメント・オブ・ザ・ピープル」、「フォア・ザ・ピープル」、「バイ・ザ・ピープル」、是ガ民主主義ノ本質デアルト考ヘラレテ居ルノデアリマス、此ノ言葉ヲ字義通リニ解釈シ、之ヲ日本ニ適用スルト云フコトニナルト一種ノ主権在民的ナ考ト云フヤウナ印象ヲ与ヘハシナイカト云フコトニ引掛リガアルヤウニ思ハレルノデアリマスガ、後段ニ述ベマスヤウニ、日本ハ君民一如デアル、或ハ大化ノ新政ノ詔勅ニモ仰セラレテ居リマスヤウニ、君民共治デアリマシテ、主権説ニコダハツテ民主主義ノ本義ニ付テ疑惑ト不安ヲ持ツ必要ハナイノデアリマス、民意ヲ尊重スルト云フコトダケデハ、政府ガ人民ノ意思トハ別ニアツテ民衆ノ意思ヲ尊重スル、斯ウ云フ態度ガ出テ来ルノデアリマスガ、民主主義ノ本義カラ申シマスレバ、政府其ノモノガ人民ニ依リテ構成サレ、人民ニ依リテ運営サレナケレバナラヌ、単ナル民意尊重ノ政治ト云フコトデハ民主主義ニハナラナイノデアリマシテ、人民ニ依ル政治デナケレバナラヌ、単ニ民意ヲ尊重スル政治ト云フコトデアリマスルナラバ、所謂開明的専制君主、文明的専制政治家モ、ヤハリ民主主義者デアルト言ハナケレバナラヌ、斯ク致シマシテ、近代的民主主義ハ人民ノ為ノ政治デアルト同時ニ、人民ニ依ル政治デナケレバナラナイノデアリマス、之ヲ実際上ノ政治問題トシテ当嵌メテ参リマスト、結局議会政治、議院政治ト云フコトニナル、政府ガ議会ノ多数意思ニ基イテ構成セラレ、議会ノ多数意思ニ基イテ運営セラレ、又ハソレニ基イテ進退ヲ決スルト云フ政党政治ノ形態ヲ執ツテ来ルノデアリマス、日本ノ現実政治ノ民主主義化ハ、ヤハリ斯クノ如キ方向ニ向ツテ政治ノ改革ヲナシ、又憲法ノ改正モ斯クノ如キ線ニ沿ウテ行ハレナケレバナラナイト考ヘルノデアリマスガ、総理大臣ノ御見解ハ如何デアリマセウ
幣原国務大臣 御話ノ如ク、民主主義政治ガ行ハレマス為ニハ、飽クマデモ民意ニ基キ民意ヲ反映セル政治運営ヲ行フト云フコトガ最モ緊要デアリマス、民主主義ハ何ヲ意味スルカト云フコトニ付テ只今御述ベニナリマシタ「リンカーン」ノ言葉、即チ人民ノ政治、人民ニ依ル政治、人民ノ為ノ政治ト云フコトガ民主主義ノ本旨デアルト申サレマシタガ、「アメリカ」ノ民主主義ヲ言ヒ表ハスノニ適当ナ言葉デアルト思ヒマス、又一面ニ於キマシテ「イギリス」デハ、国会ニ於ケル君主ノ意思ノ発動ト云フコトガ「イギリス」ノ民主主義ダト云ツテ居リマス、国会ニ於ケル君主、是ガ「イギリス」ノ民主主義ノ本旨ダト申シテ居リマス、其ノ民主主義ノ実行セラレル形ニ至リマシテハ、各国各々揆ヲ一ニ致シテ居リマセヌケレドモ、何レニ致シマシテモ国民ノ総意ヲ代表セル議員ヲ中心トシテ政治ガ行ハレルト云フコトガ、最モ重要ナル民主主義ノ本旨デアルト考ヘマス
中谷委員 世界的に共通ナ民主主義ノ原理ト申シマスカ、民主主義ノ本義ト云フモノヲ日本ノ現実ノ政治制度ニ適用スレバドウナルカト云フコトニ付テノ御答ヘハナイヤウデアリマスルガ、「アメリカ」ニ於テハ今言ハレマシタヤウナ発現ノ仕方ヲスル、「イギリス」ニ於テハ斯ウデアル、日本ニ於テハ斯ウデアル、日本ニ於テハドウナリマセウカ、簡単デ結構デアリマス
幣原国務大臣 只今申シマシタ如ク、国民ノ総意ヲ代表セル議会ヲ中心トシテ政治ヲ運用シテ行クト云フノガ、我々ノ進ムベキ方向デアルト私ハ考ヘテ居リマス
中谷委員 大体了承致シマシタ、即チ総理大臣ノ御言葉ガ足ラナカツタト思ヒマスガ、天皇統治ノ下議会中心政治ノ確立、ト云フコトガ、日本ニ於ケル民主主義ノ行キ方デアルト斯ウ解決シテ宜シイト思ヒマスガ、如何デアリマセウカ
幣原国務大臣 御話ノ通リデアリマシテ、天皇ノ下ト云フコトハ是ハ申スマデモナイコトト思ツテ、私ハ此ノ点殊更申サナカツタノデアリマスケレドモ、是ハ当然ナコトト私ハ考ヘテ居リマス
中谷委員 進ンデソレニ関聯シテ憲法改正問題ニ付テ若干御伺ヒシタイト思ヒマス、此ノ問題ニ付キマシテハ既ニ先日来本会議ニ於テモ、此ノ予算委員会ニ於キマシテモ、屡々質疑応答ガ繰返ヘサレテ居リマシテ、押問答ニナツテ居ルヤウナ嫌ヒモアルノデアリマスガ、尚ホ私共ノ意ニ満タナイ点ガアリマスルノデ、重ネテ所見ヲ質ス次第デアリマス、先ヅ憲法改正ノ態度ノ問題デアリマス、第一ニ私共ニ取ツテ先ヅ多少ノ不満ヲ禁ジ得ナイノハ議会ノ質疑応答ヲ通ジテ憲法改正ニ対スル政府ノ態度ニ於テ既ニ民主主義的デナイヤウナ印象ヲ与ヘテ居ル、即チ官僚的態度ヲ払拭シテ居ラヌ所ガアルト云フ感ヲ禁ジ得ナイノデアリマス、即チ憲法改正ヲ論議スルコトヲ恰モ触ルベカラザルモノニ触レルヤウナ感ヲ以テ之ヲ迎ヘル、或ハ一種ノ独善的解釈ヲ堅持シテ国民ノ之ニ対スル発言ヲ好マヌヤウニ見受ケラレルノデアリマス、憲法改正ハ申スマデモナク国務大臣ノ輔弼ノ範囲ニ属スル問題デアリマシテ、随テ議会ガ此ノ国務大臣ノ輔弼ノ責任ニ付テ質スコトハ当然デアリマス、故ニ政府トシテハ今少シク胸襟ヲ開イテ、議会ト共ニ即チ国民ト共ニ、是ガ改正問題ヲ討究スルト云ツタ開放的ナ、民主主義的ナ態度ヲ以テ之ニ当ルコトガ必要デアルト考ヘルノデアリマス、而シテ憲法改問題ハ、既ニ国民的関心ノ焦点トナリ来ツテ居リマス、政府ハ寧ロ進ンデ素直ニ憲法改正上ノ諸問題ニ関スル政府ノ見解ヲ吐露表明サルベキデアルト考ヘマス、総理並ニ松本国務大臣ハ屡々憲法改正ハ調査会ニ於テ調査中デアツテ、未ダ内容ヲ申上ゲル域ニ達シテ居ラヌト云フ意味ノ答弁ヲシテ居ラレルノデアリマスガ、憲法上ノ機関デナイ単ナル政府ノ諮問機関デアル所ノ調査委員会ノ内容ナリ、其ノ調査ノ進度ナリガ憲法上ノ直接機関デアル議会ニ於テ、表明出来ナイト云フ其ノ事自体ガ既ニ頗ル立憲的デナイ、民主主義的デナイト考ヘルノデアリマス、況ンヤ目下要請セラレテ居リマスルノハ憲法ノ民主主義的改正ナノデアリマシテ、専制主義ニ向ツテ憲法ヲ改悪スルト云フノナラバ、斯クノ如キ政府ノ秘密主義、独善主義ノ態度モ一応理解出来ナイコトハナイノデアリマスガ、憲法ノ民主化ヘノ改正ガ要請セラレテ居リマス今日、憲法改正ニ関スル政府ノ態度ガ斯クノ如キ不透明ナル官僚的秘密主義ヲ以テ終始シテ居リマスルコトハ、洵ニ私ハ遺憾デアルト思フ、此ノ点ニ関スル政府ノ率直ナル御見解ガ承リタイノデアリマス、又政府ハ憲法改正ノ範囲ヲ出来ルダケ小範囲ニ止メタイ、出来レバ改正セズニ済マシタイト云フヤウナ消極的ナ態度ヲ執ツテ居ルヤウナ印象ヲ国民ニ与ヘテ居ル、先日ノ本会議ニ於ケル総理大臣ノ御答弁ニモ、帝国憲法ノ条規ハ弾力性ニ富ムモノデアツテ、民主主義ノ発達ニ順応スルヤウ運用ノ途ヲ講ズルコト、必ズシモ不可能デハナイト云フ意味ノコトヲ述ベラレテ居ルノデアリマスガ、同様ノ趣旨ノコトハ昨日ノ予算総会ニ於テモ松本国務大臣カラ述ベラレテ、居ル斯様ナ消極的ナ態度ハ、或ハ美濃部博士ヤ、宮沢俊義教授ノ如キ東大派ノ学者ノ消極的態度ヲ反映スルモノト思ハレル、内大臣府カラ委嘱セラレタ佐々木惣一博士ノ京大派ノ相当積極的ナ態度ト対蹠的傾向ヲ示シテ居ル、此ノコトハ兎モ角トシマシテ一部ノ権力者ニ依リテ憲法ノ運用ガ歪曲サレ若シクハ濫用サレタト云フコトハ、憲法ノ条規其ノモノニ若干ノ或ハ大キナ不備ト欠陥トガアツタノデハナイカト考ヘラレマスノデ、憲法民主化ノ見地ニ立チマシテ、此ノ際相当思ヒ切ツタ改正ガ加ヘラレナケレバナラナイト思ヒマス、又斯クスルコトガ将来ノ為ニ疑義ノ余地ヲ存セズ、権力濫用ノ虞ヲ防止スルノミナラズ、封建的勢力ノ由テ以テ立ツ根拠、牙城ヲ覆ス所以ニナルモノデモアル、又「ポツダム」宣言ノ要請ニモ合シ、又真ニ一君万民、君民共治ノ日本的民主主義ヲ昂揚スル所以デアルト考ヘルノデアリマス、此ノ二点ニ付テ先ヅ総理大臣並ニ松本国務大臣ノ御見解ヲ承リマス
幣原国務大臣 憲法ノ改正ハ御話ノ如ク飽クマデモ民主主義的傾向ニ依リマシテ行ハルベキモノデアル、是ハ当然ノコトデアリマス、官憲、政府筋ノ独断的又ハ消極的態度ヲ以テ之ニ臨ムベキモノデハアリマセヌ、各方面ノ真面目ナル、建設的ナ意見ハ飽マデモ之ヲ尊重シ参考ニスベキモノデアリマシテ、我々ハ之ヲ歓迎スルモノデアリマス、私ハ本会議場ニ於テ申シマシタル如ク、憲法ハ成程弾力性ニ富ンデ居ルモノデアリマスカラ、運用宜シキヲ得レバ今日ノヤウナ惨状ヲ呈スルコトナクシテ健全ナル発達ヲ国家ハナシ遂ゲ得ラレタモノト思フノデアリマスルガ、不幸ニシテ此ノ運用上憲法ノ規定ガ歪曲セラレ甚ダ面白カラザル方角ニ向ツテ進ンデ行キマシタガ為ニ、今日ノ事態ヲ来シタノデアリマスカラ、ドウカ此ノ際サウ云ツタヤウナ弊害、間違ツタ運用ノ跡ヲ絶ツヤウニ致シタイ、斯ウ云ツタヤウナ考ヘデ我々ハ此ノ憲法改正問題ニ当ツテ居ルノデアリマス、委細ノコトハ松本国務大臣カラ御答ヘ申スヤウニ致シタイト思ヒマス
松本国務大臣 只今ノ中谷君ノ御質問ハ政府ノ憲法改正ニ関スル考ヘト云フモノハ相当ナケレバナラヌ、之ヲ何等表明スルコトナクシテ、何ヲ腫物ニデモ触ルヤウナ態度ヲ執ツテ居ルノハ甚ダ宜クナイコトデハナイカ、民主的ナヤリ方トハ思ヘヌト云フヤウナ御趣旨ト思ヒマス、左様ナ御観察ニナルコトモ無理カラヌ所モアラウト思ヒマス、之ニ対シテ私カラ或ル程度ノ御答ヘヲシタイト思ツテ居リマス、先般来屡々述べマシタヤウニ、憲法改正ト云フ事業ハ是ハ大変ナ大キナコトデアリマス、十分ナ調査ヲシタイ、十分ナ準備ヲシタイ、勿論何年ト云フヤウナ年月ガアル訳デハナイ、出来ルダケ早クハシナケレバナリマセヌガ、其ノ短イ期間内ニ於テ出来ルダケノ力ヲ尽シテ準備ヲ致シテ、後ノ悔イノナイヤウナコトニ致サナケレバ、我々輔弼ノ責任ヲ果スモノトハ言ヘナイダラウト云フコトデ、日夜苦心ヲシテ居ルト云フコトハ既ニ述ベタ所デアリマス、斯クノ如キ意味ニ於キマシテ、現在慎重ニ審査ヲシテ居リマス、其ノ準備ノ途中ニアル所ノ状態ニ付テ内容等ヲ御話スルダケノモノハマダ出来テ居リマセヌ、サウ云フコトヲ御話スル、即チ如何ナル程度ニ於テ考ヘガ出来テ居ルカ、殊ニ政府ノ考ヘトシテドウ云フモノガ出来テ居ルカト云フコトハ、是ハ準備ノ途中デアリマスノデ、ソレヲ申上ゲル程度ニハ勿論達シテ居リマセヌ、併シナガラ左様ニ申シテ、ソレデハ唯準備中、調査中デアリマスト云フコトヲ申セバ、ソレハ官僚的ノヤリ方デアルト云フコトヲ仰シヤルニ違ヒナイ、ココデ引下レバ確カニサウ仰セラレルコトト思ヒマス、私ハサウ云フヤウナ謗リヲ招クヤウナヤリ方ハイケナイト考ヘテ、ソコデ私ト致シマシテハ、此ノ調査ニ関係ヲ致シテ居リマスル私一個人ノ大体ノ構想ニ付テ申上ゲルコトハ、是ハ出来ヌコトハゴザイマセヌ、但シ御断リヲシナケレバナラヌコトハ、是ハ勿論準備ノ為ノ調査ノ途中ニ於ケルコトデアリマシテ、何等政府ノ考ヘト云フモノガ、相談ヲシテ決マツテ居ルコトデモ何デモアリマセヌ、政府ノ考ヘトシテ、政府ヲ拘束スルヤウナ意見デアルト云フコトデナク、準備ノ調査ニ与ツテ居ル一員タル私ノ考ヘトシテ、構想ノ極メテ大体ノ所ヲ申上ゲテ御満足ヲ願ヒタイト思フノデアリマス、左様ナ意味ニ於キマシテ私ノ脳裡ヲ去来シテ居リマスル構想ノ極メテ大体ノコトヲ申上ゲマスレバ、第一ニ 天皇ガ統治権ヲ総攬セラルルト云フ大原則ハ、是ハ何等変更スル必要モナイシ、又変更スル考ヘモナイト云フコトデアリマス、是ハ既ニ中谷君モ左様ナ意味ヲ先程仰セラレタト思ヒマス、憲法ヲ民主主義化スルト云フコトト天皇統治権総攬ト云フコトノ原則トハ、何等背反スルモノデナイト云フコトノ意味ヲ仰セラレルヤウニ記憶ヲ致シテ居ルノデアリマス、此ノ点ハ恐ラクハ我ガ国ノ識者ノ殆ド全部ガ一致シテ居ル所デハナカラウカト思ヒマス、即チ天皇統治権総攬ト云フコトノ大原則ニ対シテハ、何等変更ヲ加ヘル必要モナイシ、又変更スルヤウナ考ヘハ私ハ持ツテ居リマセヌ
第二ニハ、議会ノ協賛トカ、或ハ承諾ト云フヤウナ、議会ノ決議ヲ必要トスル事項ハ、之ヲ拡充スルコトガ必要デアラウ、即チ言葉ヲ換ヘテ申セバ、従来ノ所謂大権事項ナルモノハ、其ノ結果トシテ或ル程度ニ於テ制限セラルルコトガ至当デアラウト云フヤウニ考ヘテ居リマス、然ラバ如何ナル事項ニ付キ、如何ナル制限ヲ加ヘルノガ宜シイカト云フコトハ、是ハ余リ細カイ所ニ入リマスルト、私一個人ノ意見トシテ申上ゲルノニモ、或ハ適当デナイコトモアラウト思ヒマス、併シ左様ナ原則ハ、是ハ当然執ラナケレバナラヌト云フヤウニ確信シテ居ルノデアリマス
第三ト致シマシテ、国務大臣ノ責任ニ付キマシテ、国務大臣ノ責任ガ国務ノ全般ニ亙ツテ存シナケレバナラヌ、国務大臣ノ輔弼ノ責任ガ、従来ハ或ハ或ル種類ノ国務ト、ドウシテモ見ナケレバナラヌモノニ及バナイト云フヤウニ解釈サレテ居ツタヤウナ跡ハ、確カニ有リ得タト思フノデアリマス、是ハ非常ナ間違ヒデアラウト思ヒマス、ドウシテモ国務大臣ノ責任ハ国務ノ全般ニ対シテ存在スル、凡ソ国務ニシテ国務大臣ガ輔弼ノ責任ヲ負ハザルモノハナイ、何等カノ国務大臣以外ノ介在物、輔弼ノ責任ヲ憲法上負ハナイ者ガ、国務ニ対シテ勢力ヲ持ツテ、之ヲ左右スルト云フヤウナコトガ若シアツタトスレバ、斯クノ如キコトノ出来ナイヤウニスルコトガ絶対ニ必要デアラウ、而シテ是ト同時ニ国務大臣ノ責任ハ、是ハ従来ノ憲法ノ解釈上モ、私ハ左様デアルベカリシコトデアルト思フノデアリマスガ、帝国議会ニ対シテ責任ヲ持ツノデアル、帝国議会ニ於テ信任ヲ得ラレナイト云フヤウナ者ハ、即チ国務大臣トシテ帝国議会ニ対シテ責任ヲ負フノデアリマスルカラ、其ノ責任ハ問ハレルト云ウコトニナリマシテハ、国務大臣トシテハ其ノ地位ヲ保タレナイト云フコトニナルノハ当然デハナカラウカ、斯クノ如クニシテ国務大臣ノ責任ガ国政全般ニ亙リマシテ、而シテ国務大臣ハ帝国議会ニ対シ、即チ言葉ヲ換ヘテ申セバ、間接ニハ国民ニ対シテ責任ヲ負フト云フコトニナリマシタナラバ、従来歪曲セラレテ居リマシタヤウナコトハ全部ナクナルデアラウ、左様ニ考ヘテ居ルノデアリマス
第四ニハ民権ト申シマスカ、人民ノ自由、権利ト云フヤウナモノニ対スル保護、確保ヲ強化スルコトガ必要デアラウ、此ノ点ニ付テハ我ガ憲法ハ相当規定ヲ定メテ居ルノデアリマス、併シナガラ、ヤハリ之ヲ精査シテ見マスルト、多少足リナイ点ガアルノデハナカラウカ、此ノ足リナイ点ト申シマスト、一ツハ人民ノ自由権利ト云フヤウナモノニ対シマシテ、議会ト関係ノナイ法規ト云フヤウナモノデ制限ヲ加ヘルト云フコトノ余地ガ、是ハ憲法ノ精神ニハ適合シテ居ナイ所ノ解釈ト思ヒマスルガ、サウ云フ余地ハアルヤウニ思ハレル、斯クノ如キ余地ヲナクスコトニ致シマシテ、人民ノ権利ト自由ト云フヤウナコトニ関シマス制限ハ、議会ノ決議ニ依ル所ノ法律ト云フヤウナモノガナケレバ、是ハ絶対ニ制限ノ出来ヌヤウニ致スコトガ必要デアラウト思ヒマス、又他ノ見方カラ申シマスト、人民ノ権利、自由ト云フモノノ侵害ガアリマシタ時ノ救済ノ方法ガ、必ズシモ現行憲法ノ下ニ於キマシテ完全デアルカドウカ、是ハ疑ヒガアリマス、之ニ付キマシテ十分ナ救済ガ与ヘラレル如何ナル場合ニ於キマシテモ、救済ガ与ヘラレルヤウニスルコトガ必要デアラウト思ヒマス、斯クノ如キ意味ニ於キマシテ、人民ノ権利自由ノ保護、確保ト云フコトヲ強化スルト云フコトハ、是ハ私ハ第四ノ方針トシテ其ノ方向ノ改正ガ必要デアルノデハナカラウカ、左様ニ考ヘテ居ルノデアリマス、先程中谷君ハ民主主義ノ政治ト云フノハ人民ノ意思ニ依ル、即チ民意ニ依ル政治デアルコトヲ要スルト共ニ、民権ヲ保護スル所ノ政治デナケレバナラヌ、人民ノ為ニスル所ノ政治デナケレバナラヌト云フコトヲ仰セラレタノデアリマスガ、此ノ点ハ全ク左様デアリマス、仮リニ民意ニ依ルト云フコトヲ申シマスケレドモ、所謂民意ナルモノガ単ニ一時ノ多数ノ勢力ニ依リマシテ、人民ノ持タナケレバナラヌ所ノ基本的ノ権利、自由ト云フモノヲ圧倒シ去ルト云フヤウナコトガアリマシタナラバ、是ハ真ノ意味ノ民主的政治トハ言ヘナイノデアリマス、単ニ民意ニ依ルト云フコトデハ、民主主義ノ要諦ヲ道破シタモノトハ言ヘナイト思ヒマス、左様ナ意味ニ於キマシテ中谷君ガ民意ニ依ル所ノ政治ニ付テ、又人民ノ為ニスル政治デナケレバナラヌト云フコトヲ仰セラレマシタノハ、是ハ全ク其ノ通リト私ハ考ヘマス、左様ナ意味ニ於キマシテ人民ノ権利、自由ノ保護ヲ拡充シテ参ルト云フコトガ、ヤハリ一ツノ改正ノ目標デナケレバナルマイト考ヘマス
只今四ツノコトヲ述ベマシタガ、大体左様ナ目標ニ向ヒマシテ憲法全部ニ亙ツテ十分ナ検討ヲ行ヒマシテ、必要ナ条項ニ付テ改正ノコトヲ考ヘテ見タイ、左様ニ考ヘテ居リマス、其ノ細カイ具体的ナコトハ、或ハ御質問ガアツテモ、マダ申上ゲルコトノ出来ナイコトモアラウト思ヒマス、大体ノ私ノ構想ハ左様デアルト云フコトニ御聴取リヲ願ヒマス(拍手)
中谷委員 只今松本国務大臣カラ、先日来本会議ニ於テモ、予算総会ニ於テモ、問題ノ焦点トナツテ居リマシタ憲法改正上ノ諸問題乃至トハ憲法改正ノ方向ニ関シテ、国務大臣個人ノ見解トシテ云フ前提ノ下ニデハアルガ、相当突込ンダ御話ヲ戴キマシテ、甚ダ欣快ニ堪ヘマセヌ、私ハ更ニ具体的ニ、例ヘバ枢密院廃止ノ問題ダトカ、貴族院改革ノ問題ダトカ云フ点ニ付テモ御質問申上ゲル積リデアツタノデアリマスルガ、只今ノ御答弁ニ依リマシテ大体ノ方向ノ示唆ヲ与ヘラレマシタカラ、殊ニ大権事項ノ制限、所謂一部ノ特権階級、一部ノ軍閥官僚ガ社鼠城狐ノ如クニ仍テ以テ立ツ牙城トシテ居リマシタ所ノ、サウシテ本当ノ一君万民ノ日本ノ国体法ニ合シナイ所ノ列挙主義的大権事項、サウ云フモノニモ大キナ改正ヲ加ヘルト云フ御趣旨ヲ承リマシタノデ、枢密院ノ如キモ、此ノ大権事項ガアツテ初メテ存在ヲ許容セラレルモノデアリマスノデ、枢密院存否ノ問題モ自ラ方向ガ分リマシタカラ、重ネテ質問申上ゲマセヌ
唯憲法改正ニ関聯シマシテ、将来ニ於ケル憲法上ノ規定トシテ、若シクハ之ニ附属スル制度トシテ、国民投票ノ制度所謂「レフェレンダム」ノ制度ヲ採用セラレル用意アリヤ否ヤ、御承知ノ如ク後年「ナチス」ノ洪水ニ依ツテ押流サレテシマツタ例ノ一九一九年ノ「ワイマール」憲法ハ、近代民主主義的憲法ノ典型的ナモノデアルト言ハレテ居ルノデアリマスガ、アノ「ワイマール」憲法ニハ所謂間接民主主義即チ代議制、直接民主主義即チ国民投票制ヲ併用シタ所ニ特色ガアツタト言ハレテ居ルノデアリマス、我ガ国ノ憲法改正ニ当リマシテモ、今モ国務大臣カラ御話ガアリマシタ通リニ、将来代議的民主主義即チ議会政治、多数政治、政党政治ガ極端ニ走ル、サウシテ弊害ニ陥ルコトモアル場合ヲ考慮シ、之ヲ調節スル制度トシテモ、所謂「チェック・アンド・バランス」ノ制度トシテモ国民投票制ノ採用ヲ考慮シテ置ク余地ガアルト考ヘラレルノデアリマス、又実際上ノ問題トシテモ、国家主権構成上ノ根本問題、其ノ他ノ重大問題ニ関シテ直接ニ国民ノ意思ヲ問フベキ議会若シクハ要請ガ、必ズ近キ将来ニ起リ来ル或ハ又外来ノ圧力ニ依リマシテモ之ヲ要請セラレル機会ガアルト云フコトヲ考ヘマスルト、憲法改正上ノ重要命題ノ一ツトシテ、国民投票制度ト云フコトヲ考ヘテ置ク必要ガアルト思フノデアリマスルガ、御見解如何デゴザイマセウカ
松本国務大臣 只今ノ御質問即チ「レフェレンダム」或ハ「クレヂシット」ト云フヤウナ制度ヲ我ガ国ニ於テ採用スルコトニ付テドウ考ヘテ居ルカト云フ御質問ト拝聴致シマシタ、是ハ極メテ重大ナ問題デアリマシテ、非常ニ考慮スベキキコトト考ヘテ居リマス、御承知ノ如ク「スイス」ノ或ル「カントン」等デ行ハレテ居ル「レフェレンダム」ノ方法ハ、マアアア云フ極メテ小サイ所デノミ行ハレ得ルノデ、到底其ノ儘ヲ採用ノ出来ヌコトハ申スマデモゴザイマセヌ、併シナガラ国民一般投票ト云フコトハ、方法如何ニ依リマシテハ行ハレ得ナイコトデハナカラウト思ヒマス、併シ御承知ノヤウニ欧米諸国ニ於キマシテモ、公ノ制度トシテノ国民一般投票ト云フモノハ、「ワイマール」憲法等ニアツタ、或ハ「フランス」デドウト云フヤウナ多少ノコトハゴザイマスガ、実行サレタト云フ程ノコトガマダ殆ドナイコトハ、中谷君御承知ノ通リデアリマス、之ニ付テ十分ニ調ベタイ、憲法改正ノ問題ニ関シテモ之ヲ調ベタイト云フノデ、実ハ調ベテ居リマス、併シ残念ナガラ極メテ新シイ制度デアリマスル為ニ、十分ナル参考資料ガナイノデアリマス、色々苦心シテ之ヲ調ベテ居リマス、恐ラクハ私自体ノ一個ノ考ヘトシテハ、憲法自体ノ制度トシテ之ヲ採ルト云フ所マデニ、至ルダケノ確信ヲ誰モ持チ得ナイノデハナイカト思ハレマスガ、其ノ他ノ制度トシテ或ハ採ルコトガ出来ルカモ知レヌ、此ノ点ニ付テハ今十分ニ調査研究致シテ居リマス、此処デ御願ヒヲ致シタイコトハ、中谷君ハ此ノ点ニ付テ相当御調査ニナツテ居ルカト思ヒマス、此ノ点ニ付テ御調査ニナツテ居ル方ガアレバ、勿論御遠慮ハナイト思ヒマスガ、ドウカ一ツ十分ニ御意見等ヲ書面等デ戴イテ、サウシテ参考ニ供シタイト思ツテ居リマス、調査委員会ニ於テハ、一ツノ題目トシテ調査シテ居ルト云フコトヲ申上ゲマス
中谷委員 憲法改正ニ関シマスル質疑ハ大体是位ニシマシテ、次ニ外務大臣ト復員大臣ニ御伺ヒシタイノデアリマス
中島委員長 中谷君、外務大臣ハ非常ニ重要ナ用事ガアリマシテ此処ヘ来ラレマセヌデスガ、政務局長、管理局長ヲ以テ之ニ代ヘルコトハ出来マセヌカ
中谷委員 ソレデハ後段述ベルコトハ外交ノ基本問題ニナルコトナノデ総理大臣カラ伺フコトニシテ、先ヅ第一
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