坂本則美 さかもと のりみ(1850〜1913)

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職業・身分 政治家実業家
出身地(現在) 高知県
生没年月日 嘉永3年〜大正2年
1850年〜1913年)

解説

生年が弘化4年(1847)とする説もある。明治7(1874)、8年頃から貧児救育の事業を始め詵々社の社長となる。12年に高知県会議員に当選し、15年まで議員をつとめる。18年に、高知県令で後に京都府知事となった北垣国道の招聘で、京都疎水事務所理事となり、22年に京都市参事会員、25年には衆議院議員となる。大隈外相による条約改正に反対し、上京して直接面談し反対意見を述べ、全国に世論の喚起をもとめた。以後、総武鉄道会社、北海道鉄道会社、夕張炭鉱会社の役員などを歴任。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:近代名士之面影 第1集
請求記号:419-34
白黒、8.1×11.1 cm