奥村五百子 おくむら いおこ(1845〜1907)

現在のカテゴリー:生年月日順:1840年代[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:人名50音順:お[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:出身地:佐賀県[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:職業・身分:社会運動家[前の人物次の人物]

職業・身分 社会運動家
出身地(現在) 佐賀県
生没年月日 弘化2年5月3日〜明治40年2月7日
1845年6月7日〜1907年2月7日)

解説

生家は真宗の寺院。幼時から父兄の影響を受け、尊王攘夷運動に加わる。初婚の夫とは死別、水戸藩浪士と再婚したが、のち離婚した。その後朝鮮に渡り、光州に実業学校を設立。明治33年(1900)北清事変がおこると皇軍慰問使に加わり、北京、天津を歴訪。34年将兵慰問、遺家族援護を目的とする軍事援護団体・愛国婦人会を結成。全国を遊説し、会員の拡大に努めた。

写真1

新しいウィンドウで写真1の拡大画像を開きます

出典:近代名士之面影 第1集
請求記号:419-34
白黒、8.1×11.1 cm