宮崎滔天 みやざき とうてん(1871〜1922)

現在のカテゴリー:生年月日順:1870年代[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:人名50音順:み[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:出身地:熊本県[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:職業・身分:社会運動家[前の人物]

職業・身分 社会運動家
出身地(現在) 熊本県
生没年月日 明治3年12月3日〜大正11年12月6日
1871年1月23日〜1922年12月6日)
号・別称等 虎蔵(とらぞう)
寅蔵(とらぞう)

解説

革命運動家。兄に民権運動家の八郎、社会運動家の民蔵がいる。徳富蘇峰の大江義塾、東京専門学校などに学ぶ。明治20年(1887)キリスト教に入信したが2年で棄教、アジア革命の実践を目指す。30年孫文と知り合い、以後その革命運動の重要な支援者となる。33年の恵州蜂起失敗後、一時浪花節語りとなり孫文の革命精神を紹介。38年孫文らと東京で中国同盟会を結成、終生中国の革命派を支援した。

参考ウェブサイト

写真1

新しいウィンドウで写真1の拡大画像を開きます

出典:三十三年の夢
請求記号:289.1-M671s-Y
白黒、9.2×12.6 cm