鈴木喜三郎 すずき きさぶろう(1867〜1940)

現在のカテゴリー:生年月日順:1860年代[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:人名50音順:す[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:職業・身分:官僚[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:職業・身分:政治家[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:職業・身分:法律家[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:出身地:神奈川県[前の人物次の人物]

職業・身分 政治家法律家官僚
出身地(現在) 神奈川県
生没年月日 慶応3年10月11日〜昭和15年6月24日
1867年11月6日〜1940年6月24日)

解説

第一高等中学校から帝国大学法科大学を経て司法省に入る。東京控訴院判事、司法省刑事局長、司法次官、検事総長などを歴任。大正9年(1920)貴族院議員。清浦内閣の司法相。立憲政友会に入り田中内閣で内相となったが、昭和3年(1928)の第1回普通選挙で選挙干渉を批判され辞任した。7年衆議院議員。犬養内閣では司法相から内相に転じ、5.15事件後に立憲政友会総裁となるが、衆議院で絶対多数を占めていたにもかかわらず後継首相に指名されなかった。

参考ウェブサイト

写真1

新しいウィンドウで写真1の拡大画像を開きます

出典:名士の少年時代 新人国記 関東篇
請求記号:556-433
白黒、7.0×9.0 cm

写真2

新しいウィンドウで写真2の拡大画像を開きます

出典:鈴木喜三郎
請求記号:587-273
白黒、9.2×13.7 cm