池田成彬 いけだ しげあき(1867〜1950)

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職業・身分 実業家
出身地(現在) 山形県
生没年月日 慶応3年7月16日〜昭和25年10月9日
1867年8月15日〜1950年10月9日)
号・別称等 池田成彬(いけだ せいひん)

解説

父は米沢藩士。慶応義塾に学び、明治28年(1895)ハーバード大学を卒業。帰国後、時事新報社を経て、三井銀行に入る。大正8年(1919)以降は筆頭常務として同行を金融業界の首位へと押し上げた。昭和7年(1932)団琢磨暗殺後、三井合名常務理事となり、持ち株公開・定年制などの三井財閥の改革を実施した。12年日本銀行総裁、13年に第1次近衛内閣の蔵相兼商工相、16年に枢密院顧問官となる。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:池田成彬
請求記号:729-194
白黒、7.7×11.2 cm