毛利元徳 もうり もとのり(1839〜1896)

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職業・身分 公家・旧大名実業家
出身地(現在) 山口県
生没年月日 天保10年9月22日〜明治29年12月23日
1839年10月28日〜1896年12月23日)

解説

支藩徳山藩主毛利広鎮の十男として生まれ、本藩萩藩主毛利敬親の養子となる。世子時代は尊王攘夷運動を支持し、国事に奔走。元治元年(1864)の禁門の変では、官位を剥奪されている。慶応3年(1867)王政復古とともに官位が復され、議定・参議などに就任。山口藩主を継いだ後、明治2年(1869)版籍奉還にともない山口藩知事。廃藩置県後は知事を辞任し、第十五国立銀行頭取、同取締役を歴任。23年貴族院議員となる。17年公爵。葬儀は国葬で行われた。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:近世名士写真 其2
請求記号:427-53
白黒、21.0×27.0 cm