広沢真臣 ひろさわ さねおみ(1834〜1871)

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職業・身分 政治家
出身地(現在) 山口県
生没年月日 天保4年12月29日〜明治4年1月9日
1834年2月7日〜1871年2月27日)

解説

萩藩士。安政6年(1859)以降、藩政に参与。また尊王攘夷派として討幕運動を推進。藩政の中心に位置し、慶応2年(1866)の第2次長州征討時は、藩を代表して幕府側の勝海舟と休戦協定を結ぶ。翌年、薩長両藩出兵の盟約を結び、討幕運動に奔走。新政府では徴士、参与、民部大輔、参議などを歴任し、版籍奉還を推進。新政府の中で萩藩を代表したが、明治4年(1871)暗殺された。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:近世名士写真 其2
請求記号:427-53
白黒、21.0×27.0 cm