平田東助 ひらた とうすけ(1849〜1925)

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職業・身分 官僚政治家
出身地(現在) 山形県
生没年月日 嘉永2年3月3日〜大正14年4月14日
1849年3月26日〜1925年4月14日)

解説

父は米沢藩士。大学南校卒業後、明治4年(1871)岩倉遣外使節団に随行し、ドイツ留学。ハイデルベルグ大学等で学び、9年帰国。大蔵権少書記官兼太政官権少書記官を経て、太政官文書局長。のち法制局部長。23年貴族院議員に勅選。枢密院書記官長、法制局長官、枢密顧問官、第1次内閣農商務相、第2次桂内閣内相、内大臣等を歴任。山県系官僚の有力者で、地方改良運動、産業組合運動、貧民救済事業に関わる。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:近世名士写真 其1
請求記号:427-53
白黒、21.0×27.0 cm