石川県生まれ。陸軍軍人。父は旧金沢藩士。陸軍士官学校、陸軍大学校を卒業。日露戦争に出征。陸軍大学校校長、近衛師団長、朝鮮軍司令官等を歴任し、昭和7年(1932)陸軍大将。斎藤内閣と岡田内閣では陸相となる。12年(1937)2月に首相に就任。政党を除外し、祭政一致を掲げた内閣であったが、議会での審議が滞り、議会を解散。総選挙で野党が圧勝したため5月に内閣総辞職した。4ヶ月間の短命内閣であった。