東郷平八郎 とうごう へいはちろう(1848〜1934)

現在のカテゴリー:生年月日順:1840年代[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:人名50音順:と[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:職業・身分:海軍軍人[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:出身地:鹿児島県[前の人物次の人物]

職業・身分 海軍軍人
出身地(現在) 鹿児島県
生没年月日 弘化4年12月22日〜昭和9年5月30日
1848年1月27日〜1934年5月30日)

解説

父は鹿児島藩士。戊辰戦争に従軍。維新後、明治4年(1871)にイギリス海軍に留学。帰国後、海軍中尉となる。日清戦争では浪速艦長として活躍。その後、海軍大学校長、常備艦隊司令長官、舞鶴鎮守府司令長官等を歴任し、日露戦争前の36年に連合艦隊司令長官に就任。日露戦争ではみずから主要作戦を指揮し、バルチック艦隊を日本海海戦で全滅させた。大正2年(1913)元帥。3年から7年間東宮御学問所総裁をつとめた。海軍の長老として昭和期になってもその影響力が大きかった。

参考ウェブサイト

写真1

新しいウィンドウで写真1の拡大画像を開きます

出典:近世名士写真 其1
請求記号:427-53
白黒、21.0×27.0 cm

写真2

新しいウィンドウで写真2の拡大画像を開きます

出典:憲政五十年史 : 画譜
請求記号:430-121イ
白黒、7.1×10.0 cm