高橋是清 たかはし これきよ(1854〜1936)

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職業・身分 官僚政治家首相
出身地(現在) 東京都
生没年月日 嘉永7年閏7月27日〜昭和11年2月26日
1854年9月19日〜1936年2月26日)

解説

幕府の御用絵師の庶子として生まれ仙台藩士の養子となる。アメリカ留学後、文部省・農商務省に出仕。明治20年(1887)特許局長となる。25年日本銀行に入行。32年日本銀行副総裁。日露戦争の外債募集に手腕を発揮し、横浜正金銀行頭取などを経て44年日本銀行総裁に就任。第1次山本各内閣蔵相、立憲政友会総裁を歴任し、大正10年(1921)首相となる。第二次護憲運動に参加。加藤(高)内閣の農商務相、田中(義)犬養斎藤岡田各内閣の蔵相を歴任。高橋財政と呼ばれる積極的な財政政策が特徴。軍事費抑制方針を示し、軍部と対立し、2・26事件で暗殺された。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:近世名士写真 其1
請求記号:427-53
白黒、21.0×27.0 cm

写真2

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出典:現代代表的人物写真名鑑 政治家篇 第1編
請求記号:YKA11-20
白黒、9.6×12.3 cm