鈴木貫太郎 すずき かんたろう(1868〜1948)

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職業・身分 海軍軍人政治家首相
出身地(現在) 大阪府
生没年月日 慶応3年12月24日〜昭和23年4月17日
1868年1月18日〜1948年4月17日)

解説

父は地方官吏。明治20年(1887)海軍兵学校卒業。日清戦争に従軍。31年海軍大学校卒業。日露戦争では日本海海戦に参加。海軍省人事局長、第2次大隈内閣海軍次官、海軍兵学校校長、呉鎮守府司令長官、連合艦隊司令長官などを歴任。大正14年(1925)海軍軍令部長。昭和4年(1929)侍従長兼枢密顧問官に就任。侍従長在任中の11年、2・26事件により襲撃を受け、一命をとりとめるが辞職。19年枢密院議長、翌年首相となる。ポツダム宣言受諾後、総辞職した。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:歴代首相等写真
請求記号:憲政資料室収集文書 1142
白黒、11.1×15.4 cm