柴田承桂 しばた しょうけい(1849〜1910)

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職業・身分 学者(自然科学)医師・薬剤師等
出身地(現在) 愛知県
生没年月日 嘉永2年5月12日〜明治43年8月2日
1849年7月1日〜1910年8月2日)

解説

生年が嘉永3年(1850)とする説もある。有機化学者、薬学者。父は名古屋藩蘭方医。明治3年(1870)ドイツに留学。7年に日本に帰り、東京医学校の初代製薬学科教授となるが、11年辞任。以後、大阪司薬場長、内務省衛生局員、東京・大阪の司薬場長を歴任した。西欧の衛生行政導入に貢献し、わが国最初の日本薬局方(明治19年公布)の編纂に携わった。薬律(明治22年公布)の起草にあたり、医薬分業をめざしたが果たせず、以後一切の官職を退いた。36年薬学博士。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:近代名士之面影 第1集
請求記号:419-34
白黒、8.1×11.1 cm