板垣退助 いたがき たいすけ(1837〜1919)

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職業・身分 政治家
出身地(現在) 高知県
生没年月日 天保8年4月17日〜大正8年7月16日
1837年5月21日〜1919年7月16日)

解説

高知藩主山内豊信の側用人などをつとめるが、藩の公武合体路線と相容れず、討幕派と連携。戊辰戦争で活躍。明治維新後、高知藩の大参事となり、藩政改革を行う。明治4年(1871)廃藩置県を断行。参議となり、岩倉遣外使節団派遣後の留守政府をあずかるが、征韓論が入れられず6年に下野。翌年、ともに下野した後藤象二郎らと民撰議院設立建白書を政府に提出。愛国公党や立志社を設立、自由民権運動の先頭に立つ。14年自由党の総理に就任。後に第2次伊藤内閣、第1次大隈内閣の内相をつとめた。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:近世名士写真 其2
請求記号:427-53
白黒、21.0×27.0 cm

写真2

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出典:歴代首相等写真
請求記号:憲政資料室収集文書 1142
白黒、15.1×20.2 cm

写真3

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出典:憲政五十年史 : 画譜
請求記号:430-121イ
白黒、7.5×9.8 cm