憲法改正私案(一月四日稿) 松本丞治

(極秘)
三〇部ノ内第二六号

憲法改正私案(一月四日稿) 松本丞治

第三条 天皇ハ至尊ニシテ侵スヘカラス
第七条 天皇ハ帝国議会ヲ召集シ其ノ開会、閉会及停会ヲ命ス
天皇ハ衆議院ノ解散ヲ命ス但シ同一事由ニ基キ重ネテ解散ヲ命スルコトヲ得ス
第八条 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス但シ議院法ノ定ムル所ニ依リ帝国議会常置委員ノ諮詢ヲ経ヘシ
此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効カヲ失フコトヲ公布スヘシ
第九条 天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ又ハ行政ノ目的ヲ達スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス
第十一条 天皇ハ軍ヲ統帥ス
軍ノ編制及常備兵額ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
第十二条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ戦ヲ宣シ和ヲ講ス
前項ノ場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ帝国議会ノ召集ヲ待ツコト能ハサル緊急ノ必要アルトキハ議院法ノ定ムル所ニ依リ帝国議会常置委員ノ諮詢ヲ経ルヲ以テ足ル此ノ場合ニ於テハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ報告シ其ノ承諾ヲ求ムヘシ
第十三条 天皇ハ諸般ノ条約ヲ締結ス但シ法律ヲ以テ定ムルヲ要スル事項ニ関ル条約又ハ国庫ニ重大ナル負担ヲ生スヘキ条約ヲ締結スルハ帝国議会ノ協賛ヲ経ヘシ
前項但書ノ場合ニ於テ特ニ緊急ノ必要アルコト前条第二項ト同シキトキハ其ノ条規ニ依ル
第十五条 天皇ハ栄典ヲ授与ス
第二十条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ役務ニ服スル義務ヲ有ス
第二十八条 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
第三十一条 日本臣民ハ前数条ニ掲ケタル外凡テ法律ニ依ルニ非スシテ其ノ自由及権利ヲ侵サルルコトナシ
第三十二条 削 除
第三十三条 帝国議会ハ参議院衆議院ノ両院ヲ以テ成立ス
第三十四条 参議院ハ参議院法ノ定ムル所ニ依リ選挙又ハ勅任セラレタル議員ヲ以テ組織ス
第三十九条ノ二 衆議院ニ於テ引続キ三回其ノ総員三分ノ二以上ノ多数ヲ以テ可決シテ参議院ニ移シタル法律案ハ参議院ノ議決アルト否トヲ問ハス帝国議会ノ協賛ヲ経タルモノトス
第四十二条 帝国議会ハ三箇月以上ニ於テ議院法ノ定メタル期間ヲ以テ会期トス
必要アル場合ニ於テハ勅命ヲ以テ之ヲ延長スルコトアルヘシ
第四十三条 臨時緊急ノ必要アル場合ニ於テ常会ノ外臨時会ヲ召集スヘシ其ノ会期ヲ定ムルハ勅命ニ依ル
両議院ノ議員ハ各々其ノ院ノ総員三分ノ一以上ノ賛成ヲ得テ臨時会ノ召集ヲ求ムルコトヲ得
第四十四条 帝国議会ノ開会閉会会期ノ延長及停会ハ両院同時ニ之ヲ行フヘシ
衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ参議院ハ同時ニ閉会セラルヘシ
第四十五条 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ勅命ヲ以テ新ニ議員ヲ選挙セシメ解散ノ日ヨリ三箇月以内ニ帝国議会ヲ召集スヘシ
第四十八条 両議院ノ会議ハ公開ス但シ其ノ院ノ決議ニ依リ秘密会ト為スコトヲ得
第五十三条 両議院ノ議員ハ現行犯罪又ハ内乱外患ニ関ル罪ヲ除ク外会期中其ノ院ノ許諾ナクシテ逮捕セラルルコトナシ会期前ニ逮捕セラレタル議員ハ其ノ院ノ要求アルトキハ会期中之ヲ釈放スヘシ
第五十五条 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ一切ノ国務ニ付帝国議会ニ対シテ其ノ責ニ任ス
凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス軍ノ統帥ニ付亦同シ
衆議院ニ於テ国務各大臣ニ対スル不信任ヲ議決シタルトキハ解散アリタル場合ヲ除ク外其ノ職ニ留ルコトヲ得ス
第五十五条ノ二 国務各大臣ヲ以テ内閣ヲ組織ス
内閣ノ官制ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
第五十六条 枢密顧問ハ天皇ノ諮詢ニ応ヘ重要ノ国務ヲ審議ス
枢密院ノ官制ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
第五十七条 司法権ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所之ヲ行フ
裁判所ノ構成ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
行政事件ニ関ル訴訟ハ別ニ法律ノ定ムル所ニ依リ裁判所ノ管轄ニ属ス
第六十一条 削除
第六十五条 予算ハ前ニ衆議院ニ提出スヘシ
参議院ハ衆議院ノ議決シタル予算ニ付増額ノ修正ヲ為スコトヲ得ス
第六十六条 皇室内廷ノ経費ハ定額ニ依リ毎年国庫ヨリ之ヲ支出シ増額ヲ要スル場合ヲ除ク外帝国議会ノ協賛ヲ要セス
第六十七条 法律ノ結果ニ由リ又ハ法律上政府ノ義務ニ属スル歳出ハ政府ノ同意ナクシテ帝国議会之ヲ廃除シ又ハ削減スルコトヲ得ス
第六十九条 避クヘカラサル予算ノ不足ヲ補フ為ニ又ハ予算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツル為ニ予備費ヲ設クヘシ
予備費ヲ以テ予算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツルトキハ議院法ノ定ムル所ニ依リ帝国議会常置委員ノ諮詢ヲ経ヘシ
避クヘカラサル予算ノ不足ヲ補フ為ニ又ハ予算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツル為ニ予備費外ニ於テ支出ヲ為ストキハ亦前項ノ条規ニ依ル
第七十条 公共ノ安全ヲ保持スル為緊急ノ需要アル場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ政府ハ帝国議会ヲ召集スルコト能ハサルトキハ勅令ニ依リ財政上必要ノ処分ヲ為スコトヲ得但シ議院法ノ定ムル所ニ依リ帝国議会常置委員ノ諮詢ヲ経ヘシ
前項ノ場合ニ於テハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
第七十一条 帝国議会ニ於テ予算ヲ議定セス又ハ予算成立ニ至ラサルトキハ政府ハ会計法ノ定ムル所ニ依リ暫定予算ヲ作成シ予算成立ニ至ルマテノ間之ヲ施行スヘシ
此ノ場合ニ於テハ会計年度開始後ニ於テ其ノ年度ノ予算ト共ニ前項ノ暫定予算ヲ帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
第七十三条 将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ
両議院ノ議員ハ各々其ノ院ノ総員三分ノ一以上ノ賛成ヲ得テ改正ノ議案ヲ発議スルコトヲ得
前二項ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス
天皇ハ帝国議会ノ議決シタル憲法改正ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス
第七十五条 削除
補則
現行ノ命令ニシテ此ノ憲法改正ノ条規ニ依リ法律ヲ以テ定ムルヲ要スル事項ヲ定メタルモノハ其ノ廃止又ハ改正セラルルマテノ間ハ仍効力ヲ有ス
此ノ憲法改正中第八条 第十二条 第十三条 第三十三条 第三十四条 第三十九条ノ二 第四十二条 第四十四条 第五十五条ノ二 第五十六条 第五十七条 第六十一条 第六十六条 第六十九条 第七十条及第七十一条ノ改正ハ各々其ノ執行ニ必要ナル法律命令ノ制定施行セラルルマテ其ノ効力ヲ生セサルモノトシ其ノ間ハ仍旧法ノ条規ニ依ル
備考
本私案中ノ条文ノ数字ハ便宜上例ヘハ第〇条ノ二ト言フカ如キモノトセルモ改正案ニ於テハ条文ノ繰上繰下ヲ為シ之ヲ整理スルモノトス。其ノ結果改正後ノ憲法ハ全文七十五条ト為ル
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