小説家。第一高等学校を経て、大正11(1922)年に東京帝大経済学部を卒業。農商務省の官吏として3年間勤め、フランスに留学。滞仏中に多くの学者、作家など文化人と交流する。昭和5(1930)年に「ブルジョア」が雑誌『改造』の懸賞小説として一等に当選し、以後中央大学の講師を務めながら作家として活動。戦後は日本文学を国際的に普及することにも尽力し、40年から9年間は日本ペンクラブの会長を務めた。代表作に『巴里に死す』、長編の自伝小説である『人間の運命』など。