史料にみる日本の近代 -開国から戦後政治までの軌跡-

近衛文麿書翰 有田八郎宛

近衛文麿書翰 有田八郎宛



【本文】

拝啓 貴翰拝誦仕候。全く御同感の事ばかりにて、しかも微力如何ともする能はず日夜煩悶懊悩致し居る次第、御憐察被下度候。仏印進駐は松岡前外相すら極力反対したる所、しかも刀折れ矢尽きて前内閣当時の御前会議にて決定を見、新内閣成立の時は已に海南島に集結をいたし居り、矢は弦を離れたる形にて、もはや如何ともする能はず、但し日米国交調整の見地よりすれば、蘭印なればとも角、仏印なれば大して故障なかるべしとの見透しが、陸海軍共一致したる見解にて、此見透しが誤り居り、今回の如き結果となりし事、遺憾至極に存居候。
政府としては御話の如く矛盾したる考を有し居らず、何とか日米国交を調整して此難局を打開せんと考へ居るも、問題は陸海中堅層以下にあり、統制がどこまで利くかと云ふ事に帰着致候。
物資の問題其他の見地より此際自重すべきことを、政府としてはあらゆる手を通じ統帥部の了解を求めつつあるも、どこまで奏効するやわからず、只天佑と神助を頼むのみ、苦衷御諒察被下度、尚御気附の事あらば、何なりと御申聞願上候。
文麿
 有田老兄 侍史

【封筒表】

山梨県山中湖畔旭丘 有田八郎殿 親展

【封筒裏】

東京 近衛文麿
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