史料にみる日本の近代 -開国から戦後政治までの軌跡-

遊説演説原稿

遊説演説原稿



【1コマ~5コマ】
遊説演説原稿(百字詰六十枚)

昭和三十二年のはじめ、わが党主催の演説会におきまして、国民のみなさんへ、自由民主党内閣の所信を申しのべる機会をえましたことは、わたくしのもつとも光栄とするところであります。
ご承知のとおり、世界の情勢はすこぶる複雑にして微妙なうごきがあり、スエズの紛争と東ヨーロッパの動乱がおこつて、まだ後始末がつかず、アジアの不安もまだ完全になくなつておりません。他面、原子力科学の急速な発達と生産技術革新の急速調の展開はあらたな産業革命をもたらし、政治、経済、産業、社会の各方面に大きな影響をもたらしつつあります。
こうした状況のもとで、わが国はいまや内外ともに、重大な転換期に直面しております。もしも、こんにち一歩あやまれば、百年の悔いをのこすばかりでなく、世界人類の運命を

【6コマ~10コマ】
狂わせることにならないとも限らないのであります。従つて、わたくしたち日本国民は、かつてない重大な責任をおわされていると申さねばなりません。
わが国はすでに国際連合に完全な一員として、正式に加盟いたしまして、世界にむかつて、一人前の発言権をもつて登場いたし、わが国の世界における地位と立場とはきわめて強化され重要さをまし、いまや世界はわたくしたちの一挙一動を注目しているのであります。
わたくしたち日本人は、これからは、大いに民族的なほこりと自信をたかめまして、あくまで世界の平和造成と同時に、わが国の安定確保に向かつて最大の努力をすくさねばならぬ民族的一大試練をうけつつあります。ここにあたらしい自由民主党内閣は、みなさんの先頭にたつて、国際平和とわが国の安全の確保、すすんで人類の幸福繁栄のためのあたらしい歴史の創造に大勇をふるう覚悟であります。
そのためには、まず第一に自主

【11コマ~15コマ】
独立の平和外交を推進することであります。すなわち、現下世界の不安と緊張をなくすため、国際連合において、スエズ、ハンガリー問題のすみやかな解決をはじめ、軍備縮小、原水爆禁止、中共の代表権問題解決など、わが国にとりましてもきわめて重要な関係ある懸案の円満解決にけんめいに努力しなけならないのであります。わたくしはこのさい、国際連合の基本原則である国際正義と民族の独立、自由と平等にてらして、一切をハッキリと解決するため、わが国はあえて東西のかけはしになる大きな役割をはたすべきことをハッキリと申しあげるものであります。そこにわが国の自主外交の基調があり、わが党内閣の重要な使命があると確信してやみません。
わたくしは、自由民主党の総裁として、また内閣の首班として、アメリカのアイゼンハワー大統領の平和外交をこころから信頼しております。
そしてわが自主独立の平和外

【16コマ~20コマ】
交は対米関係の調整にまず重点をおきまして、防衛問題、基地問題、沖縄問題などの懸案を一日もすみやかに、円満に解決したいのであります。
と同時に、アジアにおける平和体制を一日も早く実現することを期待し、アジア・アフリカ諸国との友好関係を政治的に固めながら、文化的、経済的、技術的提携をすすめ、いまだ条約を結ばざる国々とのすみやかな国交の回復、正常化をうながすことに大いにつとめるつもりであります。この大方針に立つて、当面解決すべき外交上の問題は日韓問題、インドネシアの賠償問題でありまして、すでに解決策に着手する用意をはじめたのであります。とくにここで言及しておかなければならないのは、中共とわが国との関係であります。わが国が国際連合の一員である以上、今日、ただちにわが国と中共との正式の国交回復は困難でありますが、中共貿易に

【21コマ~25コマ】
ついてはわが国と中共との地理的歴史的なふかい関係からして、できるかぎりこれを拡大することが必要であり、こんごより積極的な対策を講じてゆく考えであります。
現代の民主主義国家におきましては、外交はせんじつめれば、国内政治の延長であります。新しい内閣、また自由民主党が今日ただいま、何をおいても着手しなければならないのは、自主独立の平和外交をうちだす土台としての国内態勢のすみやかな整備であることは、あえて申すまでもありません。端的に申せば、わが国の政治体制を、平和で、自由で、独立の民主日本の建設、国民のみなさんと完全にむすびついた、民主的な責任ある議会政治のスッキリとしたすがたにすることだと信じてうたがいません。
わたくしは、長く民間の言論界ではたらいてきたものであり、戦後はじめて国民の

【26コマ~30コマ】
みなさんに選ばれて政治にたずさわつてきた民衆政治家であります。国民のみなさんの正しい要求は、そのまま、すなおに実際政治に織りこみ、実現してゆく責任と義務とを自覚いたしておりますことは、あえて人後におちぬと確信しております。
今日、日本の独立を完成し、自主外交をうちだすには、民主政治を徹底し、寛容の精神をもつて社会党と十分に話しあい、共通の場をつくり、納得と理解の政治をおこない、国会から一切の暴力を排除し、民主主義のモラルとルールをうちたて、二大政党のもとにおける国会の民主的運営を実現し、さらに国民のあいだに、相互の信頼と愛情をたかめて、国をあげて、協力し、国論を一本化してゆく国内態勢を整備する

【31コマ~35コマ】
つもりであります。ことにその裏づけとして、わたくし年来の主張である経済の拡大均衡と完全雇用の実現、それと福祉国家建設による国民生活の安定と向上を計ることが第一義でなければならぬと信ずるものであります。
わが国の経済は、目下、幸いなことには好景気がつづいておりますが、そこにはまだ隘路や不調和があらわれ、その根底には、弱点がたくさんあります。今日こそ、国民経済の土台を固め、経済の実力を充実する絶好の機会であります。このさい、新内閣は積極的経済政策を断行し、鉄鋼、エネルギー、電力、輸送力その他隘路の打開、景気の跛行、経済発展の不均衡を是正して、内外市場の開拓による経済規模の拡大をはかると同時に、日進月歩の発展を示している世界の技術革新の水準にたいするわが国の

【36コマ~40コマ】
異常なたちおくれを克服して、生産設備の更新と近代化、労働生産性の向上、産業構造の高度化などをはかり、そのために、資本の調達を円滑し、財政を通じての産業資金の供給、あるいは道路、河川、港湾、その他国土資源開発など、生産的な公共事業への投資には積極政策を実行する方針であります。
経済の拡大をはかる一方、その安定を保持することは必要でありまして、減税をおこなつて国民負担の軽減合理化の徹底した措置を同時に講じ、また、インフレの抑止、物価安定、国民貯蓄増強のため健全財政の堅持は当然でありまして、必要な財政投融資は財政の重点的再編成、不用経費の節約によつて確保する方針であり、また必要に応じて財政蓄積、民間資金の活用などに工夫をこらし、資金運用の効率をあげる構想をうちだしたいのであります。

【41コマ~45コマ】
わが国経済の構造のうえで、きわめて重要な地位をしめている農業、中小企業についても、革新的な諸対策を実施するつもりで、さしあたり、三十二年度予算案におりこむ考えであります。
今日、わが国の社会問題の根幹は、生産人口の増大と、資本、資源の不足との不均衡から生じた雇用の危機にあることは、申すまでもありません。国民のなかのすくなからぬ人々を、失業と貧困から救うには、完全雇用をめざす経済の拡大をはかることが根本策でありますが、同時に現代の大衆民主政治のもとでは、国民生活の安定のため、福祉国家の建設が、わが党の根本目標であります。すなわち、国民のみなさんにたいして、生活を保障し、生産水準を引上げ、くらしの内実を豊かにして、将来への希望と励ましをあたえる社会保障制度の完全な確立が、それであります。

【46コマ~50コマ】
清新な社会政策の実行によつて国民生活の安定と向上をはかる画期的な施策こそは、わが自由民主党内閣に課せられた重大使命のひとつであり、わたくしは福祉国家の実現にあくまで邁進する決意であります。
このさい、一言申しそえたいのは、文教と科学技術のことであります。これらは国家百年の大計に属することでありながら、占領政治時代につくられた諸制度はかならずしもすべてがすべて、わが国情にぴつちりあてはまつているとは、申しがたいのであります。そのために、国民の道徳がくづれ、知育が低下し、偏向教育が行われるなどいむべき結果を招いたことはけつしていなめないのであります。
すでに、文教制度については、いささか根本的な改革を行いましたが、いまだ完全とは申しがたいのでありまして、いろいろ衆知をあつめ、慎重に調査検討して、改革すべき点は、おもい切つて改革したいと考えております。文教対策、文化政策を通じて、

【51コマ~55コマ】
社会道徳を正しくふるいおこすことは、今日の急務であり、わたくしは大いに努力するつもりであります。
科学技術の振興は、わが国経済の発展と国民生活の向上のために、最も重要なことであるから、大いに実効ある施策を講じ、ことに世界から最もたちおくれている原子力の平和利用については、政府は積極的であることを、あきらかにいたしておきます。

最後にハッキリ申上げますが、およそ民主主義の根本は自由平等すなわち個性の尊重にあります。一国の外交、政治においても、十分に個性をだし、自由な創意を発揮すべきであります。国際社会においても、いまやわたくしたち日本人は、固有の伝統にめざめ、これを世界的なものと統一して一層たかめ、むしろ日本人としての個性、長所をこれから大いに発揚すべきであります。このさい、わたくしどもが、国民のみなさんの中核となつて健全かつ強力な指導力をもりあげ、これをうちだしてゆ

【56コマ~60コマ】
くには、いままでの保守政治のありかたを徹底的に猛省して、ひもつきの利権政治、反動的な権力政治を一切やめ、政界官界を徹底的に浄化し、綱紀粛正を断行して、一切のわるいところ、暗いところをハラテキケツいたしまして、すべての道徳の根本をただし、国民のみなさんの政治にたいする信用をとりもどすため、明るい清潔な責任ある政治を断固として行わなければなりません。
同時に、自由民主党も党内の派閥を解消し、完全に一本化して、結束を固め、国民と緊密に結びついた近代的国民大衆政党として、成長しなければなりません。わたくしは、この方向に向つて、身をささげることを、あえて公約して憚りません。このさい、党をあげて、政治の貧困を克服し、わかい世代の人びとの魅力にあたいする知性と良識とを実際政治のうえにあらわし、国民のみなさんとともにこの重大な内外の時局をのりこえたいと存じます。何卒国民のみなさんの御協力御援助を切にお願いするしだいであります。
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