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びぶろす-Biblos

87号(令和2年4月)

びぶろす

  • 発行:国立国会図書館総務部
    (National Diet Library)
  • ISSN:1344-8412

7. 失われた戦前の古海図の捜索

海上保安庁海洋情報部情報利用推進課 矢吹 哲一朗

1. 海図とは

海図は、航海者が船を動かすために用いる海の地図である。

陸上と異なり、海の上では進むべき道が明示されず、航海者は収集した情報と自らの経験を基に、自分で判断して船の針路を定め、舵を切らなければならない。安全に船を移動させるために、航海者は、事前に目的地までの経路を確認し、途中に存在する暗礁や灯台などの情報を集めて、航海計画をたてる。この航海計画に必要な情報を提供することを主目的として作られた地図を「航海用海図」と呼ぶ(この他に、文字や写真等で情報を提供する「水路誌」と呼ばれる冊子もある)。

「海図」という用語は、広い概念として「海域を含む地図一般」を意味することもあるが、狭い意味で航海用海図を指すことが多く、以下、本稿でもこの意味で使用する。


画像:航海用海図の一例(横浜港)
航海用海図の一例(横浜港)



2. 海図の特徴

航海に用いる海図では、自船の位置を図上で特定し、進むべき方向を判断するため、正しい情報を分かりやすく記載することが最も大切となる。図上で緯線と経線が直線となり、かつ直交する図法(メルカトル図法等)を用いる。また、水深、底質(海底が泥か砂か岩かなど)、灯台の位置、目標となる陸上の目につく建物、橋、埠頭や港湾施設の位置などが欠かせない情報となる。これ以外にも、磁石の針が指し示す方位や港での潮の干満の情報なども、航海の安全に必要な基本情報となる。

更に、海図は、航海用という目的ゆえの次のような特徴を持っている。

  • 国が作る
    国際貿易を支える船舶航行の重要性を踏まえ、航海を支える信頼性の高い海図を安定して供給できるよう、原則として沿岸国が責任をもって作ることが求められている。
  • 国際基準で作る
    国際航海を行う船での利用を前提に、海図の記載内容や記載の仕方は、所定の国際基準に従うことが求められる。
  • 科学的な正確さが求められる
    航海安全のため、自船位置の把握に役立つ顕著な目標物(山や目立つ建物等)の位置(緯度経度)や水深、潮の流れなど、海図上の記載情報の多くは、科学的な正確さが求められる。
  • 週に一度、変更される
    海図は、埠頭や灯台等の工事など、様々な理由でその内容を書き換える必要が生じる。大きな変更の場合は「改版」といって海図を作りなおすので、航海者は買い換えなければならない。小さな変更でも船の安全に影響することであれば、毎週発行される『水路通報1』で一般に周知される。航海者は水路通報を見て、自船に所有する海図の改訂を行う。つまり、海図は、週に一度、内容が書き換わっている。
  • 図域に応じた様々な縮尺で作る
    航海には出港地から目的地までの間の海図がすべて必要となるが、港湾は詳細な図が必要となる一方、大洋の中央では詳細さを必要としない。一般に港湾は狭い区域を詳しく示す大縮尺の図、沖合では広い区域を包含する小縮尺の図と、海図は様々な縮尺で作製されている。
  • 鉛筆で書き込みができる
    紙海図は、図に鉛筆で自船の進路等を書き込んで使うことが想定されている。このため、何度も書いたり消したりできる丈夫な紙を使い、背景色も鉛筆の線が見やすい白や淡い色が一般的である。ただし、近年は「電子海図」の利用が普及し、紙海図の利用は減っている。
  • 所定の船舶は海図を必ず搭載する
    海図は航海の現場、つまり船の操舵室で使われることを前提に作られており、一定の大きさ以上の船舶は、海図を搭載する義務が課されている。
3. 近代海図の始まり

航海に地図を利用することは古代から行われており、海図の始まりの特定は困難である。しかし、科学的な正確性を求めた近代海図の歴史では、18世紀後半に船上で経度を正確に測定する方法が開発されたことが転機となった。クロノメーター2とLunar distance method(月距法)3がほぼ同時に実用化され、その後の船による測量と海図作製に大きく貢献した。

英国は、1795年に海図の作製と刊行を行う専門機関である英国水路部を設立し、情報の正確さを厳しく審査して海図に記載する体制を確立した。19世紀以降、英国製海図は、その品質の高さから世界中で航海者に利用されるようになっていった。

日本では、ペリー来航後、長崎で長崎海軍伝習所が安政2年(1855)に設立され、オランダ人教官から航海術や水路測量を学んだ。その後、伝習生が中心となって、幕府で幾つかの海図が作られたが、一般に広く利用されるには至らなかった。

日本人が西洋から学んだ測量方法に基づき近代海図の作製と刊行を本格的に始めたのは、明治4年(1871)に兵部省海軍部の中に水路局が設置されてからである。長崎海軍伝習所で学んだ経歴を持つ津藩士の柳楢悦は、明治2年(1869)に東京に呼びだされて海軍所属となり、主に英国から測量や製図の技術を学ぶ中心的人物となった。そして、日本人だけの手で近代的な海図を作製し、印刷して航海者へ提供を行う業務を創業した。明治21年(1888)に柳は退官するが、この頃までに日本による近代海図の作製は西洋諸国と肩を並べるところまで発展した。


画像:柳楢悦
柳楢悦(やなぎならよし、1832~1891)



4. 日本人が作製する海図

柳楢悦のもとで日本が最初に作製した海図は、明治5年(1872)に完成した「陸中國釜石港之圖」[国立国会図書館請求記号:YG913-2302]である。

その後、水路局は、時代とともに水路寮、水路局、水路部とその呼称は変わるが、戦前は一貫して海軍の一部局として情報の収集管理と海図作製を行った。この間、日本が統治する地域の拡大もあって海図の刊行数は増大し、北西太平洋海域を中心に数多くの図を作製した。太平洋戦争中の昭和18年(1943)には、刊行版数4,397版と最大を記録した。


画像:海図第一号「陸中國釜石港之圖」
海図第一号「陸中國釜石港之圖」(明治5年)



戦後の昭和20年(1945)に海軍は解体されたが、海図は占領政策や日本経済の復興に必要不可欠なことから、占領軍司令部は、日本国内の海図作製をそのまま日本人に継続させた。昭和23年(1948)に海上保安庁が設立されるとその一部局となり、水路測量を行うとともに戦前に収集された情報を受け継ぎ、その維持管理と海図作製を続けた。なお、平成14年(2002)に、それまでの水路部から海洋情報部4へと名称を変更している。


画像:現在、海洋情報部が入る中央合同庁舎4号館
現在、海洋情報部が入る中央合同庁舎4号館



さて、日本における海図作製の歴史の中で特筆すべきこととして大正12年(1923)の関東大震災がある。東京築地にあった水路部庁舎も延焼し、保管していた測量の記録や海図原版約2,500版など、多くの資料が焼失した。明治4年(1871)以降の52年間に積み重ねてきた情報のほぼ全てを失った当時の関係者の痛みは想像に余りある。

痛手の一つは、「測量原図」が失われたことである。測量原図は、刊行海図の元となる地図で、海図に載らないデータや情報も記されている。この測量原図をもとに、航海者に使いやすく編集して刊行海図が作られる。測量原図は、水路測量を行った水路部に保存されていたため、復旧は不可能であった。

測量原図を失ったとしても、航海のためには海図の供給を続けなければならない。海図印刷に用いる原版を失った職員は、震災後、速やかに海図を復活するため、日本の中に存在する印刷海図を利用者等から寄贈してもらうとともに、以前から世界各国で作製した海図をお互いに交換しあっていたことから、海外の海図作製機関に日本の作製した海図の返却を依頼した。こうして集めた既刊の海図から震災前と同じ内容の図を復元し、印刷して供給する体制を復活させることができた。

5. 戦前の刊行海図の収集

関東大震災の後、その当時に現場で使用されていた海図は回復できたとしても、その前に刊行され震災までに使われなくなっていた海図の全てを回復できたわけではない。海洋情報部は、航海現場で使用されなくなった古海図を保存しているが、関東大震災より前の刊行海図は残されていないものが多く不明なことが多い。

また、震災から太平洋戦争までの間についての資料は今も数多く残されているが、戦争の影響もあって海図作製の歴史は必ずしも明らかとはいえない。そこで、海洋情報部では、平成28年(2016)から日本国が刊行した第二次世界大戦前の古海図について、インターネットで所在情報の提供を呼び掛けている(海洋情報部ホームページ「古い海図を探しています5」)。

戦前の海図は、国内各地の図書館や史料館に残されている。ただ、海図は大判の紙に印刷されていて、筒状に丸めて棚の上に置かれることも多く、書籍と異なり具体的に何が所蔵されているのか把握がしにくい。また、航海用に作られているため、一般に価値がわかりにくい面もあるように思われる。

それでも近年は、古い海図を紐解いて整理し、カタログを作ってインターネット等で公開する例が多く見られるようになっている。現在、各地の図書館や史料館等に残されている海図をインターネット検索で発見し、海洋情報部に残されていないものかを調査することで、最近になって何枚かの海図を“発見”している。中には、所蔵機関から古海図を借用して大型スキャナーでデジタル画像を入手することができた例もある。

今後も、こうした活動を続け、過去の刊行海図の全貌を明らかにする努力を続けていきたいと考えている。

6. 米国議会図書館所蔵の明治初期の海図

海外の図書館等でも、戦前の日本の古い海図が保管されている例がある。

筆者は、平成30年(2018)、米国の首都ワシントンにある議会図書館(Library of Congress)を訪問し、地理地図室(Geography & Map Reading Room6)で明治9年頃に印刷されたと推定される日本の作った海図47図を閲覧しデジタル画像を入手することができた。保存状態がよく、汚れや破損がほとんどない。これらの図は、日本人研究者が長期にわたって米国議会図書館の所蔵資料を確認し、その重要性を認識してカタログ化に貢献した結果である。

明治初期の保存状態の良い印刷海図は、国内にはほとんど残っていない。しかもこれら47図は、明治5~8年に刊行された海図約60図のかなりを占めており、これらを一度に見られたことは、海図作製機関に属する者として貴重な経験であった。

これら明治初期海図の詳しい由来は明らかでないが、手掛かりは幾つかあり、詳細は省くが明治9年(1876)に米国フィラデルフィアで開催された万国博覧会に日本から展示された海図54図の一部と思われる。日本製の海図の海外展示はフィラデルフィア万博が最初で、当時の政府は日本の近代化を西洋諸国に積極的にアピールしており、海図の万国博覧会での展示は近代化の証として意義があったと想像される。この時の展示品がそのまま米国議会図書館に移され保管されていたとすれば、そうした図を閲覧できたことは感慨深い。

7. おわりに

最後に、なぜ、刊行されたものの失われてしまった海図を今になって集めるのか、その理由に触れておきたい。

近代海図は、科学的な調査の成果を記載したもので客観性が高い資料となっている。時代による違いは、その地域が実際に変化していったことを示している。特に、港湾施設の発展や海域の埋め立てなど沿岸域の利用の変遷を示すことから、人と海の関わりを記録した歴史的資料としての価値は高い。

また、現代の海図作製を担当する機関にとって、海図に記載された水深などの情報は、一般に時間と労力のかかる水路測量等の作業で収集された貴重なものであり、過去から現代へ贈られた価値あるものである。個別の情報は、様々な理由で時代とともに変化することもあるが、過去の海図を見ることで、当該情報の来歴を把握することができる。過去のものも含めた海図全体が、過去から現在まで時間空間的なつながりを持った海域空間情報の集積、データベースとしての役割を果たしている。

海図作製機関である海洋情報部は、現代の海図につながる古海図を適切に保存することで、現在と将来の海図記載内容について詳しく説明することが可能となり、海図に対する信頼の向上につながるものと考えている。


(やぶき てついちろう)

  1. https://www1.kaiho.mlit.go.jp/TUHO/tuho/nm.html
  2. 揺れる船の上でも利用可能な正確な時計で、英国ジョン・ハリソン(John Harrison)によって開発された。
  3. 月とその周辺の恒星の間の距離(角度)を正確に測ることで自船の経度を求める方法で、英国のグリニッジ天文台長ネヴィル・マスケリン(Nevil Maskelyne)が1766年に航海暦を刊行することで普及した。
  4. https://www1.kaiho.mlit.go.jp/
  5. https://www1.kaiho.mlit.go.jp/KIKAKU/hurui-kaizu.html
  6. https://www.loc.gov/rr/geogmap/

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