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びぶろす-Biblos

85・86合併号(令和元年10月)

びぶろす

  • 発行:国立国会図書館総務部
    (National Diet Library)
  • ISSN:1344-8412

5. 【地域に根ざした音楽資料の保存】
スペイン国立図書館の音楽映像資料の収集とデジタル化、そして利活用について

関西大学アジア・オープン・リサーチセンター特命准教授 菊池 信彦

1.はじめに

スペインは、その複雑な歴史的経緯から、国内の各地域で多様な言語と文化を有する国であることは、つとに知られている。そしてフラメンコはアンダルシアのそれが有名であるように、その地域的多様性は音楽にも等しく言えるものである1

本稿は、そのような多様性にあふれる音楽等を記録した音楽映像資料の収集を行っているスペイン国立図書館(Biblioteca Nacional de España。以下、BNE)(図1)の活動について紹介することを目的としている。以下、同館所蔵の音楽映像資料の概要と収集の現状、デジタルアーカイブやその利活用の実例について取り上げることとする。


図1 マドリードにあるスペイン国立図書館本館

2.BNE所蔵音楽映像資料の概要

BNEには、国立国会図書館(以下、NDL)の音楽・映像資料室と同様に、「バルビエリ閲覧室(Sala Barbieri)」という名の専門閲覧室がある。バルビエリ閲覧室では、大きく分けて以下の4種類の資料を利用に供している。

①楽譜や音楽学関係資料

②音源資料

③映像資料

④個人または団体のアーカイブ資料

BNEは、その前身が18世紀初頭に開設された王立公共図書館であったことから、①の楽譜資料は主に王室由来のものである。多くは16世紀以降のもので、手稿譜や印刷譜、音楽学関係の図書や雑誌のほか、コンサートプログラムや音楽関係の出版目録等も含まれ、2019年7月の統計によると23万件超の楽譜資料が整理されている。中でも、印刷技術が進んだ19世紀末から20世紀の印刷譜コレクションが重要な位置を占めている。

②の音源資料には、19世紀のアリストン・オルガネット(手回しオルガンの一種)やピアノロール(ピアノの自動演奏のために用いられるロール紙)等の博物資料に類するような歴史的な資料から、レコードやカセット、CDといった近年の各種記録媒体があり、整理済みの資料点数は40万件弱である。もちろん、この音源資料には音楽だけでなく音声資料も含まれ、哲学者ウナムノ(Miguel de Unamuno、1864年生~1936年没)等の19世紀から20世紀にかけての著名人の声を収めた音声記録資料やBNEで開催された文化イベントの記録データ等がある。

③の映像資料は、ほぼ全てが法定納本制度に基づいて収集されたもので、2019年7月時点で13万件以上を所蔵している。VHS等のビデオテープからDVDやブルーレイ等、様々な記録媒体があり、その内容は、映画(国内外の映画やサイレント映画、アニメーション映画、短編映画等)やドキュメンタリー記録、そして音楽(オーケストラやオペラ、バレエ等の大規模な演目の記録、音楽グループのビデオクリップ、ポップやロックミュージック等)に大別される。

最後の④の個人または団体のアーカイブ資料に関しては、閲覧室の名前の由来となったフランシスコ・アセンホ・バルビエリ(Francisco Asenjo Barbieri、1823年生~1894年没)の寄贈資料が重要であろう。バルビエリは、19世紀の作曲家・音楽学者である。彼の蔵書コレクションとともに寄贈された「バルビエリ文書」と呼ばれるアーカイブ資料は、彼がスペインの音楽史の執筆を意図して集めたもので、音楽に関するエピソードや伝記、劇場音楽の資料、サルスエラ2やその他舞台の台本、宗教音楽等の様々な種類の資料がまとめられている。なお、バルビエリ以外にも多数のアーカイブ資料のコレクションを所蔵しており、それらはBNEのOPACとは別のデータベース3で検索できる。

3.音楽映像資料の収集

音楽映像資料の収集方法は、①の楽譜コレクションのように、前身となる組織が収集していたもの以外は、日本と同様、購入・交換・法定納本のいずれかである4。とはいえ、ここ5年の統計を見ると、収集は主に法定納本に基づいており、2016年のように大量の寄贈が稀にある程度である(図2参照)。


図2 BNEの2014-2018年の資料受入点数統計5

また、2017年の年間資料受入点数をNDLと比較すると、図3のように、映像や録音資料は圧倒的にNDLが多いが、楽譜資料はBNEの方が顕著に多いという特徴が認められる。この違いが何に由来するのかは未調査なので不明だが、日西両国における年間発行点数の違いか、あるいは納本制度の運用実態の違いに起因するのかもしれない。


図3 NDLとBNEの2017年度音楽映像資料年間受入点数の比較6

4.音楽映像資料のデジタル化

BNEは、収集した資料の保存とデータの利活用のため、①の楽譜や音楽学関係資料のデジタル化に2010年から、②の音源資料のデジタル化には翌2011年から取り組んでいる。これまでに音楽関係の図書2,200点、1900年以前の逐次刊行物60タイトル、楽譜32,000点、歴史的音源12,000点がデジタル化されている7。さらに2018年からは、②の1970年代以降のオーディオカセットテープとともに、同館としては初めて③の映像資料(VHSとベータマックステープ)のデジタル化をスタートさせている。

これまでに同館がデジタル化した著作権保護期間の満了した資料は、同館の電子図書館"Biblioteca Nacional Hispánica"(BDH)で利用可能である。BDHでは、ブルース、ボレロ、協奏曲などのジャンルのほか、映画音楽、歴史的音源といったカテゴリで、音楽・音源資料がまとめられている8。また、楽譜に関しても、BDHで同様のカテゴリやキーワード検索で調べることができる。さらに、合唱歌集のみを対象としているが、冒頭の歌詞または音符群であるインチピット(incipit)をデジタル化の際に登録してあることから、それらを五線譜上で検索できるようにしている点が際立っていると言えるだろう9

5.音楽資料デジタルデータの利活用のケースとしての"Juego filarmónico"

BNEは、2017年にデジタルデータの利活用を目的に、BNEラボ(BNElab)という組織を設立し10、同年BNEラボは18世紀の手稿譜資料を使った"Juego filarmónico"(「音楽好きの遊び」)というプロジェクトサイトを公開している。

"Juego filarmónico"は、18世紀から19世紀にかけて社交界で流行した「音楽のさいころ遊び」という作曲遊びを体験できるものである。これは、作曲の知識がなくとも「オリジナル」の曲が出来上がる手軽さとともに、作曲の理論を学ぶことができるものであった。

サイトで使われている資料は、2000年にBNEがニューヨークの音楽関係の古美術商から購入した資料である。1780年発行のもので、調査の結果、オーストリアの作曲家・音楽学者であるマクシミリアン・シュタードラー(Maximilian Johann Karl Dominik Stadler、1748年生~1833年没)によるものと考えられている。

ウェブサイト"Juego filarmónico"では、ユーザがさいころを疑似的に振り、出た目の数の和をもとに、あらかじめ作成されていた小節ごとの曲とそれに対応する番号から、32小節の楽曲が自動で瞬時に出来上がる。しかし、これは言葉で説明するよりも実際にサイトを御覧いただいた方が早いだろう。サイトでは、ユーザが作曲した曲を演奏してくれる機能も提供しており、音楽に疎い筆者でも"それらしく"聞こえて楽しめるものであった。

6.おわりに

本稿ではBNEが所蔵する音楽映像資料を中心に、そのデジタル化やデータの利活用の取組について紹介を行った。NDLとは装いの異なる事業展開ではあるが、収集、保存からデジタル化、そしてその利活用という一連の戦略に基づいた活動方針は、NDLのそれと同じである。かの国の歴史を研究する者の一人として、BNEの活動には今後も大いに期待したい。

(きくち のぶひこ)

※本著作はクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 パブリック・ライセンスの下に提供されています。ライセンスの内容についてはhttps://creativecommons.org/licenses/by/4.0/legalcode.jaで御確認ください。

  1. 濱田滋郎『スペイン音楽のたのしみ : 気質、風土、歴史が織り成す多彩な世界への"誘い"』音楽之友社, 2013, pp.13-21. [国立国会図書館請求記号: KD235-L1]
  2. サルスエラは、スペインの国民的歌劇。17世紀にマドリード郊外の離宮サルスエラで行われた歌入りの劇に由来する。
  3. Biblioteca Nacional de España"Archivos Personales y de Entidades"
  4. BNEの2017年統計から「復刻」(Reproducción)という項目が新設されているが、2018年に2件あるだけでほぼないと言ってよい。
  5. BNEの統計データをもとに筆者が作成した。なお、「購入」「交換」「復刻」は少ないため省いてある。Biblioteca Nacional de España"Ingreso de fondos"
  6. BNEの統計は前注を参照。また、NDLの統計は以下を参照した。『国立国会図書館年報 平成29年度
  7. María Jesús López Lorenzo"La colección de música (partituras y grabaciones sonoras) de la Biblioteca Nacional de España: digitalización y reutilización"Revista de Humanidades Digitales
  8. Biblioteca Nacional Hispánica"Listas de reproducción destacadas"
  9. Biblioteca Nacional de España"Cantorales"
  10. 水野翔彦「ChefBNEに見る食・料理を通じたデジタル化資料の活用」『カレントアウェアネス-E』No.358, 2018.11.22

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