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びぶろす-Biblos

85・86合併号(令和元年10月)

びぶろす

  • 発行:国立国会図書館総務部
    (National Diet Library)
  • ISSN:1344-8412

3. 【地域に根ざした音楽資料の保存】
南島の音楽とデジタルアーカイブ

立教大学大学院21 世紀社会デザイン研究科 宮本 聖二

1.はじめに

ここでは、沖縄に限らず、かつての琉球王国の版図に属していた奄美群島(鹿児島県)も含め、南島(なんとう)としましょう。

南の島々には今も地域に根ざした音楽があふれています。はるか琉球王国の時代から積み上げられてきたものです。祭祀の歌、暮らしに根ざした民謡、王府の古典音楽、奄美島唄など、今もその多くが実際に歌われています。しかし、その一方で記録・保管されずに消え去るものも少なくありません。

私は1981年に日本放送協会(以下、「NHK」という。)に入社し、すぐに鹿児島放送局に赴任して5年間番組作りに当たりました。そこで島唄を始め奄美の文化に強く惹かれるようになりました。さらに南島全体の文化を番組化したいと希望して、沖縄放送局に赴任したのでした。沖縄放送局には「沖縄の歌と踊り」、「あたらしい沖縄のうた」などの番組枠があって、島々の音楽や舞踊の番組を4年間にわたって作ることができました。

南島には地域独自の音楽、舞踊、あるいはそれら芸能を含んだ祭祀などが過去から今に至るまで数え切れないほどあるわけですが、このデジタルの時代に誰もがアクセスできる体系的に記録されたデジタルアーカイブはほぼ存在しない、整備されていないというのが私の見方です。そうした豊潤な音楽文化をこのデジタルの時代に誰もがどこからでも触れることができるようにできないか、あるいは全体像が把握できるような仕組みができないかという視点で述べたいと思います。このようなデジタルアーカイブは、全くないわけでなく、すでにいくつかの取組があります。そうした試みを見ながら、どのように成長させていけば良いのかについても考えてみます。

2.国立国会図書館および沖縄県の取組

まず、沖縄の音楽が今ネット上でどのように視聴できるのか、確認をしてみましょう。国立国会図書館デジタルコレクションの歴史的音源(以下、「れきおん」という。)で検索してみます。

「琉球」、「沖縄」で検索をすると、琉球民謡、沖縄民謡、琉球古典音楽として100曲余りが収録されていることがわかります。この多くが国立国会図書館館内での聴取に限られますが、インターネット公開されているものが35曲あります。そのうち「琉球民謡」としては34曲あります。しかし、作田節(ちくてんぶし)、邊野喜節(びぬちぶし)などで、歌い手は伊差川世瑞、古堅盛保など、野村流や安冨祖流の名人であり、分類上は、「民謡」ではなく「古典音楽」とされるべきものです。メタデータには、コロムビア・1934年もしくは1935年とあります。この頃は本土で沖縄文化が注目され始めた時代で、この数年後には民藝運動の柳宗悦が沖縄を訪問して焼き物から螺鈿の塗り物、沖縄の方言について強く感銘を受けて、その保存について本土で訴え始めます。また、沖縄の音楽は、昭和の初めに盛んにレコードが作られていました。沖縄から大阪に出ていた普久原朝喜(「芭蕉布」などの作曲で知られる普久原恒勇の父)が、関西在住の沖縄出身者に向けて販売していました。そのうち「安里屋ゆんた」(オリジナルの八重山方言ではなく、共通語版)が昭和10年ころ本土でもヒットして沖縄民謡が知られるようになりました。「れきおん」にも「安里屋ゆんた」があるのですが、館内での聴取に限られています。一方、「沖縄民謡」でインターネット公開されているのは、伝説の歌手と言われる「多嘉良カナ(子)」の下り口説(くだいくどぅち)1曲だけです。

王国時代、首里王府の役人が薩摩での勤務を終えて琉球へ戻る道中を歌ったもので、舞踊の地謡で演じられるものです。戦前に本土に渡って活躍し人気を博した多嘉良の名演が聞けます。

なお、「奄美」で検索すると7曲あり、「八重山」「与那国」で検索すると数曲がヒットします。インターネット公開されているものもありますが、大半が館内聴取しかできません。

「れきおん」は、国立国会図書館とNHK、日本音楽著作権協会、日本芸能実演家団体協議会、日本レコード協会などが歴史的音盤アーカイブ推進協議会というコンソーシアムを作って、戦前から戦後のSP版レコードをデジタルアーカイブ化したものです。ただ、現時点では沖縄音楽に限らず、多くが館内聴取に限られており、広くインターネットで公開してほしいものです。

一方、沖縄県は、2000年の沖縄サミット開催時に「琉球文化アーカイブ」というサイトを開設して琉球舞踊の動画をアーカイブしています。それが現在、沖縄県立総合教育センターのホームページにぶら下がる形で12本の動画が配信されています。舞踊と曲は切り離すことはできないので、ここでは当然伴奏としての古典音楽を聴くことができます。しかし、このページは最初に公開されたまま更新は全くされておらず、担当者と話をしたところ、20年近く前の開設なので、権利情報が不明のまま配信を続けているとのこと。それでも貴重なものであることに間違いはありません。

3.沖縄のレコードレーベルと音源

昭和の初期から日本でレコード文化が花開いた影響で、沖縄音楽というジャンルでも盛んにレコードに記録されました。となると、レコードレーベルがかなりの音源をコレクションしているはずです。沖縄には、「マルフクレコード」、「マルタカレコード」、「マルテルレコード」などのレーベルがあり、戦後沖縄の人々に多少の余裕が出てきたところで、盛んにレコードが売り出されました。そこには、既存の民謡もあれば、新たに作られた新民謡や沖縄歌謡もありました。これらのレーベルから出されたレコードやCDの多くは廃盤となり、今ではほとんど流通していません。これまでの音源が整理して残されているのか気になります。

4.奄美群島のレコードレーベルと音源

一方、奄美大島のレコードレーベル「セントラル楽器」は今も島唄の新作、それも徳之島、沖永良部島などを含む奄美全島の音楽を送り出していますし、過去の音源をいかそうとしています。

ここで島唄について述べます。本来は、シマウタと表記した方が良いでしょう。ここで語られる「シマ」は、アイランドの島ではなく、地域、部落、集落の意です。奄美各地に集落独自の唄があったということです。言葉もそうです。「シマ口」と言い、尾根一つ、極端にいうと道一本隔てても言葉が異なったのです。したがって網羅的に記録していけば個々の地域文化の集積になるのです。

セントラル楽器社長の指宿俊彦さんに話を伺ったところ、会社が創立されたのは奄美の本土復帰(1953年12月)前で、沖縄と本土の狭間で復興から取り残されて貧困にあえいでいた頃、まずは、本土との間の密貿易から事業を始めたそうです。1956年から島唄の収録・レコード化を開始したとのことです。セントラル楽器のホームページを閲覧いただければ分かるように、島唄や地元に根ざした歌謡曲を数多く展開しています。

もちろん、伝統の島唄については最も力を入れていて、唄者(うたしゃ)と呼ばれる民謡名人を紹介するページも開設しています。

ここで紹介されている南政五郎さんは、1985年に95歳で亡くなった唄者で、その歌声を聴くことができます。この歌声を聴けば、今の島唄の歌唱法とは明らかに違うことが分かります。今は、“聴かせる”ことを意識してかなりスピードがゆっくりとしていますが、この政五郎さんの唄を聴くとテンポが速いのが分かります。島唄が暮らしに根ざした、自ら歌うことを楽しむものから、聴かせるため芸能化した歌謡になったからです。

指宿さんの話では、セントラル楽器が何曲音源を保有しているかは分からないものの、ほぼデジタル化したとのこと。ネットの時代なのでデジタルアーカイブ化は考えられないかと聞いたところ、島唄はビジネスとしては大きな売り上げがないので思ったこともないのです、とのことでした。しかし、唄者の解説テキストもある上に、音源がファイルベースになっているので奄美島唄の体系的なデジタルアーカイブ構築の可能性は十分あるはずです。

5.メディアの保有する音源

NHKは、1937年から1986年にかけて断続的にですが、大規模に日本全国の民謡を収集しました。東京藝術大学との協働によるものです。

それらは、『日本民謡大観1』としてまず書籍で整備されています。全13巻のうち「奄美」、「沖縄」、「宮古」、「八重山」と南島の音楽は4分冊で手厚くまとめられています。

それらの唄は、労働の中からか、祭祀の中からか、王宮で歌われたのか、唄の成り立ちなどの詳細な分析がなされています。ただ、本土の民謡はCD化されて発売されているのですが、奄美、沖縄といった南島の音源はなぜか世に出ていないのです。何年もかけて収集、しかも奄美・沖縄の全島を歩いてそこに暮らす人々に歌ってもらった音源です。なんとももったいない話です。

私は、NHKを離れる前になんとかしたいと思い、4曲だけですがネット配信しました。そのうちの1曲が日本最西端の与那国島に伝わる「猫小(まやぐぁー)節」です。

また、NHK沖縄放送局の「沖縄の歌と踊り」、「あたらしい沖縄のうた」、ラジオ沖縄の地元から民謡の新曲を長年募集してきた「新唄大賞」、50年以上にわたって放送されてきた沖縄テレビ「郷土劇場」などの音源や映像が重要な素材になるはずです。

いずれも音楽ですから、著作権、演奏者やレーベルの著作隣接権をどうするかという問題はあります。とはいうものの埋もれたままでいるならばぜひ表に出てほしいと思います。体系的に南島の音楽の全貌を知ることができますし、個々の音楽を聴く、あるいは歌詞を読み解いてみれば、南島の文化の成り立ちが浮かび上がるはずです。

6.文化庁「民謡緊急調査」の報告と音源

文化庁は、1979年から1989年にかけて、全国の都道府県で録音も含めた「民謡緊急調査」を実施し、報告書と録音テープが成果として生まれました。これらは、国立歴史民俗博物館で保管されています。1987年、小島美子教授がデータベース化の計画を立て(1994年に退官)、後を引き継いだ内田順子教授によって完成し、2007年に公開が始まりました。このデータベースは、現在はテキスト情報のみで音源は紐づいていません。また、データベースは館内での利用に限定されています。これらのデータと音源は、日本の民謡のデジタルアーカイブの大きなソースになりうると思います。今後公開に向けた動きが進むことを期待します。

7.失われる唄と言葉を留めるために

八重山に伝わる「高那(たかな)節」という唄があります。今も盛んに演奏される名曲です。歌詞の冒頭部分を記します。

あみがふるとぅし やーはんね  さーきたから くむりやいすり

ゆみばするとぅし あーかめ くんがーやいすり うかしたえー

西表島の高那という集落で生まれた唄ですが、高那集落は明治期に飢饉やマラリアの蔓延で住民が周囲の島々などに移住して廃村になりました。ここに記した歌詞のほとんどは解読不能です。高那で使われていた言葉は失われたようです。同様に、特に小さな島々では、記録(工工四(くんくんしー。南島の楽譜)への採譜)されないまま歌う人がいなくなれば、唄そのものは消えていきます。すでに、かなりの唄が南島から失われたと思われます。

奄美では言葉が集落ごとに異なったと記しましたが、沖縄も同様です。もちろん、アクセントや抑揚程度の違いもあれば、単語そのものが異なるということがあったのです。その方言はいま沖縄・奄美では急速に失われています。一方で、古くから伝わる唄にはその言葉が残ります。それらを収集、公開して多くの人が触れられれば、誰かが言葉を読み解いて意味を付加していくこともできるかもしれません。これがデジタルアーカイブの持つポテンシャルです。

これまでに紹介したような機関・組織の保有する音源を束ねたデジタルアーカイブが整備され、それらを繋げたポータルサイト(例えば「ジャパンサーチ」など)を通して南島の豊潤な文化が継承されていく仕組みが構築されることが望まれます。それが実現すれば、いかに私たちが地域ごとに光り輝くような豊潤な文化を持っているのかを知ることになるでしょう。

(みやもと せいじ)

  1. 日本放送協会編『日本民謡大観 沖縄奄美 奄美諸島編』日本放送出版協会, 1993.8 [国立国会図書館請求記号: YM311-70] ほか

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