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インキュナブラ小辞典

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GW (Gesamtkatalog der Wiegendrucke)

インキュナブラ研究は17世紀から始まっていますが、印刷物を年報形式で古い順にならべていったM. Maittaire(1667-1747)やG. W. Panzer(1729-1805)の仕事を経て、19世紀前半には全インキュナブラを著者のアルファベット順に並べた目録がL. Hainにより刊行されました。しかし、この目録では、印刷地、印刷者、印刷年が不明とされるものも多く、活字の比較により印刷者を突き止めるという方法が19世紀後半に始められました。ヨーロッパ各国はこの方法を取り入れたインキュナブラ目録の編纂を開始しましたが、最も完全な目録刊行を目指したのがドイツです。

このプロジェクトの中心となったK.ツィアツコ (1842-1903) は、1901年に構想を発表し、1904年に「インキュナブラ総合目録 (Gesamtkatalog der Wiegendrucke) 」編集委員会 (Kommission) が設立されました。編集委員会の中心人物であるK.ヘブラー (1857-1946) は、1906年から11年にかけてドイツ国内676機関にある145,000点のインキュナブラのデータを集めました。この目録は、世界的なインキュナブラの所在を明らかにすることも目指していますので、さらに国外のインキュナブラ調査が行われると共に、1914年には、まず一枚ものの目録が刊行されました。さらにK.ヘブラーは、目録記載のツールとなる『活字総覧』 (Typenrepertorium der Wiegendrucke) 」を編集し (1905-24) 、さらにその副産物として3種類のインキュナブラ零葉集を刊行しました (1927-28) 。

GWは、全体で27巻からなる膨大な目録であり、第1巻がライプツィヒで刊行されたのは1925年のことでした。1940年までに第8巻の第1分冊までが刊行されましたが、戦争により刊行は中断し、第8巻は1978年に、第9巻は1991年に、第10巻は2000年に刊行され、現在は第11巻が分冊刊行中です。また2003年からは、GWのインターネット版が公開されています。

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