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第34回関西館資料展示「ブレイク刷るー!―ページが語る印刷技術の歴史」(終了しました)

第34回関西館資料展示「ブレイク刷るー!―ページが語る印刷技術の歴史」ちらし
ちらし(PDF:3.3MB)
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木版から、活版、ガリ版、オフセット印刷まで、印刷の歴史をたどる旅へ!
商業出版が始まった近世から現在まで、紙の本は私たちの生活に当たり前のものとして存在し続けています。それを支える印刷も、時代ごとに新たな技術を取り入れ、進歩し続けてきました。
本展示では、近世から現在にかけて進歩してきた印刷技術に関する本、実際にその技術を使って印刷された本などを紹介します。スマホ時代の今だからこそ、印刷された本が持つ“ものとしての魅力”を再発見してみませんか?

また、関連イベントとして、金子貴昭氏(京都先端科学大学人文学部歴史文化学科准教授)による講演会「板木から読み解く江戸の出版事情~板木が果たした役割~」(けいはんな学研都市7大学連携 市民公開講座2025)も実施します。ぜひご聴講ください。

主な展示資料紹介

第1章:近世以前の印刷
第2章:明治・大正の印刷
第3章:昭和・平成の印刷

※【 】内は当館請求記号

第1章:近世以前の印刷

日本の印刷の起源は奈良時代に遡ります。ページ全体を彫り込んだ板=板木(はんぎ)に墨を塗って紙に押す、整版による木版印刷が長く行われてきました。加えて、文禄・慶長(1592~1615)頃に西洋や朝鮮半島から活字印刷の技術がもたらされました。この頃の活字で作られた書籍を古活字版(こかつじばん)と呼びます。しかし活字は当時の商業出版に向かず、近世を通じて整版による木版印刷が印刷の主流であり続けました。繊細な版を彫る技術は文字の印刷だけでなく、刷りを重ねる浮世絵などにも活用されました。

日本における印刷と歴史との関係を説明した資料です。社会的要請を受けて印刷が行われ、そこで生み出された印刷物が社会変容を引き起こし、その変容によって印刷技術が変化する、というサイクルについて時代ごとに考察を試みています。

板木(木版印刷に使用される、文字や図を掘った木の板)には、内容の修正痕や版権の変遷など、板本だけでは分からない製作現場での情報が含まれています。本書は、板木資料のデータベース化、アーカイブ構築の方法を交えながら、板木の性質、板木観察のポイントや研究手法について解説しています。

第2章:明治・大正の印刷

明治時代に入ると、それまでの木版印刷に加え、活版印刷、銅版印刷、石版印刷などの新技術が盛んに取り入れられました。
金属で作った棒状の活字を並べて使う洋式の活版印刷技術は、日本の活字印刷術の祖と呼ばれる本木昌造によって確立されました。現在も一般的な明朝体は、本木昌造により活字書体として採用されたものです。

本木昌造が別名の本木咲三で著し、自ら設立した新町活版所で刊行した資料です。活版印刷の初期の様子を今に伝えています。巻末などに載る様々な大きさの「天下泰平國家安全」は、日本初の鋳造活字の見本広告です。

新塾余談 初編

銅版印刷は精緻な表現が可能なことから、偽造防止のため、紙幣や切手など政府の印刷物で活用されました。
石版印刷は、鮮やかな色彩や細かい濃淡により、画像を写実的に表現することが可能です。また、写真を金属の板に焼き付けて印刷する写真凸版も普及しました。

明治時代、大蔵省印刷局によって作られた資料です。当時の魚の図鑑は、図版の粗いものが多かったようですが、本書は石版印刷により、色々な食用魚の姿を精巧に表しています。巻末には、各魚の特徴や味の説明が付されています。

なみまの錦

写真凸版による風景写真集です。目を凝らすと、無数の小さな点が集まって図となっていることが見て取れます。製作者の小川一真は写真凸版の先駆者で、旧千円札の夏目漱石の写真を撮影したことでも知られています。

日本百景 2版

さらに大正期になると、大衆文化が花開くとともに、グラビア印刷やオフセット印刷など、より大量に作ることができる技術が導入されていきました。

大正13(1924)年にオフセット印刷により印刷、出版されました。石版印刷の原理を使って生まれたオフセット印刷は、色の再現性が高く、本書も、当時の伊予鉄道の路線図を鮮やかな色で表現しています。各駅の観光案内も掲載しており、松山への旅情をかきたてられる資料です。

伊予鉄道沿線案内

第3章:昭和・平成の印刷

第二次世界大戦後、印刷物のビジュアル化やカラー化に伴い、画像の表現にすぐれたグラビア印刷や、刷版の扱いが手軽なオフセット印刷がさらに興隆していきました。
また文字の印刷に関連して、大正時代に開発された写真植字(写植)が本格的に普及しました。写植は、写真技術を使い、文字をフィルムなどに印字することで版を作る技術です。活字に比べ、新しい書体の作成、自由なレイアウトを可能にしました。

手動写真植字機の発明から2000年頃までの機器・システム、タイポグラフィなどの変遷について述べた本です。著者は技術者で、機器カタログや会社PR誌など、一般的な刊行物として残りにくい文献までを広く参照して執筆しています。

1980年代末頃、アメリカから DTP(Desktop Publishing)が入ってきました。これは印刷に関わる各工程をコンピュータで完結させる方式です。やがて活字や写植に代わり、DTPとオフセット印刷の組合せが主流となっていきました。

グラフィックデザイナーの戸田ツトムによるDTPの作例集です。執筆、編集、装丁などの作業を全てパソコンで行っています。図版や作図の例のほか、同じエッセーを様々なレイアウトにしてみせるなど、DTP の可能性を広く知らしめました。日本のフルDTP出版物の草分け的存在です。

一方で、個人の使える小規模な印刷用器具も発展してきました。
日本語を打てるタイプライターは大正時代に作られ、主に専門のタイピストによって使われました。1970年代にワードプロセッサー(ワープロ)が現れ、一般にも普及しました。
手書きの文章や絵を印刷する手段としては、ガリ版(謄写版)が政治活動や教育の現場などで息長く親しまれました。これは版に孔をあけ、そこからインクをにじみ出させる孔版印刷という方式です。同じ方式による家庭用のハガキ専用プリンターも一世を風靡しました。

奄美大島の文化を豊富な絵入りで紹介した、南島研究のバイブルとも言われる重要な文献です。原本は近世期に書かれた稿本で、その写しをもとにガリ版で自費出版され流通しました。この出版は相当な赤字であったと言われており、小規模な設備で印刷可能なガリ版だからこそ実現したのかも知れません。

南島雑話

「プリントゴッコ」とは、昭和52(1977)年から平成20(2008)年まで販売された家庭用の小型プッシュ式カラー印刷機で、年賀状の作製等に利用されました。本書は、プリントゴッコでハイレベルな作品作りをするための様々なテクニックを紹介しています。この機器を使ったことのある人は、絵画のような仕上がりに驚くかもしれません。

日時2025年 9月18日(木) ~10月14日(火) 9時30分~18時00分
※日曜・祝日を除く
会場国立国会図書館 関西館 閲覧室(地下1階)
参加費無料(18歳未満の方は所定の手続きの上でご覧いただけます。)
お問い合わせ先電話:0774-98-1341 (関西館資料案内 9時30分~17時00分)