海外移住組合への批判記事

Críticas às cooperativas de emigração

Article critical of the overseas emigration cooperatives

海外移住組合に註文の事


『伯剌西爾時報』 昭和3年2月10日、17日、24日、3月2日、3月9日、3月30日

(一)

         一
  近頃本社は、当地で有力な葡字新聞記者の来訪を受け、記者同士の遠慮ない話を交換してゐる内に、葡字新聞記者は『君、今日本の政府から、土地買ひにサンパウロへ来てゐる人が有るさうだね、そして其の買つた土地には日本人のみを入れて、純日本式の植民地を作ると云ふのださうだが、それは事実かね、若しさうだとすると具合が悪いが………注意しておくよ』と何んだか奥歯に物の挟まつたやうな言ひ方をした。

         二
  其処で本文の記者は、態としらばつくれて『いや然様さやうな事はないよ、日本から人は来てゐるが、それはほんのブラジル事情研究で、未だ具体的に何等定まつたものが無い、若しこれから先き、土地を購入するやうな事が有つたとしても、それは一種のシンジケートの事業で、また植民地を作るとしても、純日本式のものなぞは事実作り得るものではないから、其の点は御心配御無用だよ』と言つてぬけたが、何うもブラジル人は、資本と労力の移入を望みながら、それが国家的色彩を帯びたり、集団的になつたりすると、いたく気に懸けるやうである。

         三
  その理由としては種々いろいろあらうが、しかしブラジルは独立の国家として年尚ほ浅きが上に、地方分権が盛んで、国政の統一に苦心してゐるの際であるから、此の際に当つて、外国から政府の肩書のある資本が大々的に入り来つて、独占的事業が営まれたり、国家の差金に拠る移植民が渡来して一地方に集団したりする事が、更に国政統一の上に困難が増すと云ふので、官憲も[、]政治家も、新聞記者も、其の他の輩も斉しく、此の事を心配してゐるやうだ。

         四
   日本のやうに、国が肇つて以来二千五百有余年の歴史を有し、上下一致して国運の隆昌に努力しつつある国でも、一度朝鮮を併合してからと云ふものは種々いろいろの不安に襲はれ、殊に関東大震火災の際の如きは、僅か二千内外の在留鮮人に恐れを抱き、実に滑稽極まる醜態を演じたるをおもへば、ブラジル官民の外国より入り来る資本と移植民とに対し、警戒の眼を以て見るは寧ろ当然の事であつて、之を笑ふは笑ふ者の間違ひではあるまママか。

         五
   であるから吾々は、日本から伯国へ資本を注込つぎこみ、人間を移住せしめたからとて、日本はブラジルを大切にこそすれ、何等不為ふためになるやうな事は為ないから、其の名が政府であつても、個人であつても心配するには及ばぬなどと軽々けいけいに断定せず、ブラジルは何う云ふ国柄で、何う云ふ事を望み、何う云ふ事を心配しつつあるかを深く研究して掛からねばならぬのであるが、其のうちにも、梅谷光貞氏等が双肩に荷ふ『海外移住組合』の事業の如きは、一つ遺損やりそこなへば大なる影響を日伯関係に及ぼすものだから、先づ手を下す前に、ブラジルの事情を深く研究せねばならぬは勿論、我国の政府当局を動かして、同組合の事業をブラジルに当嵌まらしむべく、名と形と方針とを変改する必要があると吾人は思ふのである。

(二)

        一
   然らば現在の、海外移住組合のの点を、変改せねばならぬかと云ふに、それは梅谷専務も青柳顧問も、既に気の附いて居らるる事と思ふが、第一事業の衝に当る同組合連合会の会長及理事連に、官吏並に官吏退あがりの肩書附きが、麗々しく名を連ねてゐる事は、それが余りに国家的色彩が濃厚に過ぎ、ブラジルに於ける同組合の事業が、良く行くに付け、悪く行くに付け問題が起き易い欠陥が在るから之は出来得るだけ避けて貰はねばならぬ事なのだ。

        二
   尤も日本側から云ふならば、海外移住組合の事業は元々国家事業で、殊に各県に一つ宛をつくつて県知事が指導すると云うのであるから、勢ひ内務大臣が会長に名を出さねばならぬと云ふ理屈もあらうが、若しそれらの事情から官吏が表面に立たねばならぬとしたなら、それは単に日本だけに留めて置くとして、ブラジルに於ては、普通外人が行つてゐるやうに、農業に関するシンジケートを起し、土地の売買や、植民地の経営をるがいのである。

        三
   さて然らば、此のシンジケートを何う云ふ具合に組織し、且つ日本の移住組合連合会と何う云ふ具合に連絡を附けるかと云ふに、之は別に難かしい問題ではない。連合会幹部の二、三代表者がブラジルに来つて、在伯邦人の有力者、若くは移住組合関係の人々を加へて組織すれば其の会社は直ちにブラジルに於て、ブラジル国の法律の下に、極めて容易に事業をり得ると同時に、日本の同組合連合会とも密接な関係、連絡が附くのである。

        四
   若し然様さうでなく、移住組合連合会が代表者を派遣して、土地の売買、植民地の経営を為すと云ふ事になるならば、其の代表者は同組合連合会の委任で総て事業を為さねばならぬから、其の委任状の法定手続を踏む場合には、当然、会長たる内務大臣の名も出さねばならぬし、また理事たる局長達の名も出さねばならぬ事になり、其の結果ブラジル官民から、日本の行り方は、欧洲大戦前に於ける独逸のサンタ・カタリナ州の行り方をするのではないかとの誤解を受け、折角平和的に行らうとする事業に傷が附くか、傷が附かないまでも行り苦くいと云ふ事になりはしないだらうか。

        五
   然らば何うすれば可いかと云ふに、矢張り吾人が前に云つたやうに、能く能くブラジル人の心理を研究して、彼等の好まぬ事や、誤解を起すやうな事は最初から之を避け、出来るだけ調和的に行るに非ざれば、有終の美をさいする事が難かしいと思ふから、移住組合がブラジルで事業を行るとめたら、名義や理屈を第二に置き、先づ如何にして其の行らんと欲する主旨を貫徹すべきかに重きを置くべきを考慮して貰ひたいのである。

(三)

       一
   現在の海外移住組合案からするならば、県知事を首脳として各県に一箇づつの組合を設け、一県五千町歩の割合に、ブラジルに土地を購ひ、一家族二十五町歩割当、二百家族送込みの県立移住地を樹立し、各県より代表者が来つてそれを経営するのに対し、同組合連合會が低利資金を融通すると云ふのであるが、果してう云ふ事は、日本側の考へ通り実行し得るものであらうか何うか。

       二
   ブラジルは日本に取り、台湾か朝鮮の如き関係に在るならば相手方が嫌らはうが、厭やがらうがお構へなしに、自己の欲する処を敢行して妨げないかも知れぬが、苟も独立国のブラジルへ、而かも珈琲園就働者以外余り好みもしない移住者をサンパウロ州へ送り込み、全くちがつた方法で移住地を作ると云ふことは、前の移民制限が、今度は移住者制限として一種の排日問題が出て来ないとも限らぬから之は余程慎重に考へねばならぬ重大問題であると思ふのだ。

       三
   ブラジルうちでもサンパウロ州が、日本移民を現在歓迎するが如く見せかけてゐるのは、珈琲園に落着いて働くと云はれる伊太利移民が、いろいろな事情で思ふやうに渡来しないと云ふ所から、農業に一種独特の長所を持てる日本人を、未だ耕主政治フアゼンデイロせいじの域を脱しないサンパウロ州が珈琲園に働いて貰ひたさに、一種政略的歓迎を仄目ほのめかすに過ぎないのであるから、今後日本から来る移民がブラジル人の経営する珈琲園に入る比例より、自己計算に係る自作移住者が多くなり、而かもそれが全然日本式習慣の持主で、一地方に集団して異をつると云ふ事になるなら、必ずや其処に問題が起らざるを得ないのである。

       四
   又、それだけでなく、単に経済的方面から考へて見ても、各県が五千町歩づつ別々に土地を買入れ、其処に同県人を揃へて容れるとするなら、一家族二十五町歩の二百家族をみたすことの容易ならざるを知らねばならぬと共に、二百家族に達するまでの幾年かを、彼方に三十家族、此方に五十家族、また其方に七十家族と云ふのに対し、衛生や教育や、加工場設立やを何う云ふ具合に施設するか、殆ど見当が附かないし、若し盲滅法に遣るとしたなら、収支償はずして行詰らざるを得ないこと、現在アリアンサ移住地に於ける、熊本海外協会の如くならざるを得ないのだ。

       五
   故に海外移住組合が、ブラジルの実際に当嵌めて、移住、植民の大業を成就せんとするなら各県別々に移住地を作ると云ふ雲をつかむやうな事を止め、移住者募集を各県で行るとしても、移住地選定は同組合連合会に一任し、最初試みに一万乃至一万五千町歩の移住地を作り、之に各県無差別先着順に入地せしむると同時に、既に経験を有する在伯邦人三割位ひを加へ、尚ほ何国人でも入れると云ふ開放的大看板の下に、理事長自から出馬して、総てビジネス・ライキに行るに非らざれば、到底成功し能はざるものなる事を覚悟すべきである。

(四)

        一
   所が現在では、海外移住組合連合会は、純然たる政府の代理機関で、各県で設立する移住組合の上に立ち、政府が同組合に融通する金の、貸付事務と、土地購入に関する斡旋とを為すに過ぎないのであるから、矢張り実際の事業は、各県移住組合の代表が、不馴のブラジルに飛出して、イの一番から手習を始めねばならぬと云ふ事になる。さうすれば、前回にも云つたやうに、其の結果国際的に色々面白からざる事を誘致する憂ひあると共に、経済的に忽ち行詰らざるを得ないやうなことになる。

        二
   尤も購入地は、買入るる際に念を入れ、地券や、地質や、交通やを吟味して掛るなら、地価は年々あがつてもさがることのないブラジルでは、先づ損失の憂ひはないとしても、購入した土地の測量や、地区割や、道路開通やに使用する金額が可なり多額に上ると共に、開墾に要する費用は、地代を超ゆるを常とするのであるから、若し経営の方法を誤り入地者に重荷を掛くるなら、其の結果は移住者の動揺を来し、経営者は二進も三進も行かぬこととなること、幾多前例に徴して明かである。

        三
   で、あるから繰返へして云ふが、海外移住組合がブラジルに土地を購ひ移住地を設け、且つ之が効果を望むなら、移住家族の選出と、送り出しの世話とを各県別々に行るとしても、移住地経営と云ふ大切な事項は、総て同組合連合会に任せ、委かされたる連合会は亦、ブラジルに一会社を組織し、同会本部をブラジルに移して以て、理事長自から経営の任に当るのでなければ、到底成功は覚束ないと云はざるを得ないのである。

        四
   さて吾々の言ふが如く、各県の海外移住組合が、ブラジルに於ける移住地経営を同組合連合会に一任し、連合会亦その任に当るとしても、尚ほ一つ其処に重大なる問題がある。それは何かと云へば、海外移住組合法が生む処の海外移住の大業は、我が政府当局者も言ふ如く、国力膨張の必要上からであると共に人類共同理想実現の為めの必須的過程であるのであるから、此の理想的大切な事業を為すには移住国官民の好感を得るやうに仕向けねばならぬと同時に、既に在住せる邦人及び邦人の事業とも、しつくり折合はさせねばならぬ者であるが、吾々の観たる処に拠ると、日本政府の第一に眼を着けたブラジルのサンパウロと云ふ場所は、珈琲特産地として可なり開けた所であり、珈琲栽植を目的とするなら、別段調査に力と費用とを要せず、人と金とを入るるなら直ちに移住地の実現を見る事が出来るだけ、それだけ他に支障を起さしむべき欠陥があるのである。

        五
   尤も爰に云ふ支障なる言葉は競争に相当あいあたるから、支障も競争の如く是認せねばならぬとしても、サンパウロ州の珈琲園所有者は、個人の小さな珈琲新栽植者の増加にさへ、気を尖らす今日此頃、日本政府補助の下に、移住地と云ふ名で続々大珈琲園を作るとしたら、自分の珈琲園に働き人を望むも得られない大耕主連は先づ第一に日本人の聖州来住に不腹を唱へるかも知れぬし、またブラジル人ならずとも、日本人の既設植民地経営者並に新企業者も、民業圧迫の名の下に、何か云ひ出しさうであるから、此点注意すべきである。

(五)

        一
   無論、我が国政府当局、並に海外移住組合連合会の意思は、ブラジルへの移住者送込みを奨励するとしても、之は単に自国の人口問題解決方法に止まらず、寧ろ進んで、人類生存上の共同理想たる共存共栄の本義に副ひ国際正義を確立するに在るのであらうから、移住国官民の感情をそこねたり、ブラジル在住邦人の事業を圧迫したりするやうな事は毛頭考へてゐないこととは想像するも、然し無意識にもせよ、それが事実に現はれ、若くは現はれさうだとすれば、何とか之を今から防ぐ方法を講ぜざるを得ないではないか。

        二
   然らば何をかブラジル官民の感情を害ね、在留邦人の既設植民地並に新規計画たる農業、即ち民業を圧迫するかと云ふに、之は前にも述べたやうに、移住組合の事業を為さんとする其の場所は、珈琲園労働者を得んとして、日本人の来住を歓迎してゐるのに対し、今後日本人は、珈琲園来の労働者よりも、独立自作の農業者が多数を占め、否多数とまで行かなくとも、可なり目立つ程度に独立自作の農業者がサンパウロ州へ入込いりこむとしたならば、未だフアゼンデロ政治の域を脱しないサンパウロでは、必ずや其処に『さう云ふ筈ではなかつた』と云ふ、一種たひらかならざる感情が醸成し、差当り必要な珈琲園労働者でないならば、日本人に左まで多く来て貰ふのも何うかと云ふ、移住者制限的一種の排日問題が持上がらぬとは誰が保証し得るだらう

        三
   まだ民業圧迫と云ふ点から考へて見ても、サンパウロ州及び隣州の一部に在住する邦人が、苦心惨怛の結果漸く造り上げた殖民地にして、未だ経済上の困難を脱し得ない者に取つては、母国政府援助の下に、彼方にも此方にも、長期且つ低利の資金で移住地が建設されるとしたなら、植民者は其処に走らんとして動揺するに相違なく、若しそれは何かの方法で防ぐとしても、肝腎な植民地経営者が忽ち依頼心を起して、移住組合連合会に頼るだらうし、又頼り掛かられた連合会も、アリアンサ移住地の肩代りを承諾したる手前断はるにも断はり切れぬと云ふ羽目に陥り、折角芽生へしかけた植民地を、依頼心と云ふ梃子で支ゆる骨抜き同様なものたらしむる事だけは明かである。

        四
   尚ほまた新規にサンパウロ州に農場を造つて見やうとする者にしても、到底政府援助の下に樹てられた、移住組合の農園には競争し得やう筈がないから、自然手を控え、サンパウロの農業なら政府に委せて置けば可いので、個人や営利会社は手を出すにはあたらない、否、手を出すにも出しやうは無いではないかと云ふ結果になりさうだ。現に故国の一資本団が、サンパウロ州に投資せんとして、調査員まで送り調査せしめてゐたが、移住組合連合会が成立し、専務理事等のブラジル乗込みを見て急に調査員を召還したなど、是れ職として移住組合のサンパウロに於ける、農場設立に因を発したものではあるまへか、兎に角其の調査員が、帰国の際『移住組合の遣方は民業圧迫だ」と憤慨してゐたのに拠つても、吾人の言ふ処は決して無稽な言でないことだけは確実たしかである。

(六)

        一
   然らば海外移住組合として、ブラジルに移住地を設け移住者を送込まんとするには、如何なる場所に、如何なる方法を以て為せば可いかと云ふに、之は前にも述べたやうに、元々其の種の来住者を歓迎しない―否、好まない―サンパウロ州に割り込み、後日面白からざる問題を惹起するよりは、最初から日本人の来住と資本の投入とを歓迎するサンパウロ以外の州に移住地を選定するの、寧ろ賢明なる遣方たるを、吾人は主張せざるを得ないのである。

        二
   由来日本人は、外国の人々の造り上げた―謂ゆる膳立した―場所に乗込み、馳走に盛られた上皮のクリームのみを甞めたがる癖がある。で、あるから日本人の行く処は、初め利用者が、其のクリームを餌に利用する間は無難だが、日本人が利用者と肩を並べるやうになると、其処に徐ろ徐ろそろそろ人種的の反感と云ふものが現はれ、或は禁止だの、或は制限だのと云ふことになるのであるが、此処ブラジル国は幸ひにしてアングロサクソン人種の造つた社会でないだけに、吾々に取つては幾分意を安すんずるに足るものがある。

        三
   然しブラジル国と云つても、州に依つて一様ではない。サンタ・カタリナ州やリオ・グランデ・ド・スール州やは、今後余り多く人の入るべき余地はないやうだし、サンパウロ州も珈琲園労働者の外、自作農業者の多く入ることを好まぬやうだから、今後日本から金を出して移住地を造り、それが割合に故障無く成長発達する場所と云つては、パラナ州、ミナス州、マトグロツソ州、ゴヤス州及び東北諸州からパラー州、アマゾナス州等に懸てであるとは思ふが、兎に角、我が国が低利資金を融通して海外移住組合連合会に移住地買入を行らせるとするなら、既に膳立済みのサンパウロ州へ割り込のクリーム甞取り主義などを止めさせ、堂々と肥沃未開地の開拓を行らせる処に真の尊い意義が有るのではあるまへか。

        四
   尤も連合会としたならば、既に支出と定まつた百八十万円はサンパウロ州内で珈琲に適した土地を買入れ、其処に移住者を送込むやうになつてゐるから、之は変更したくないと云ふのであらうが、若しさう云ふ都合であるなら、最初の一つはサンパウロ州内でつくるとしても、次の分からは吾人の主張するやうにブラジル側で入れて欲しいと云ふ場所を踏査研究し、其処に広い意味の移住地を設つて移住者を送込みの、方法立直しを行るに非ざれば、到底効果挙げ難きを吾人は断言するものである。

        五
   要するに如何に吾々は贔屓目に見るも、現在の海外移住組合及び連合会の組織、定款等では何うしてもブラジルの実際に当嵌つた、謂ゆるビジネスライキな進歩的移住地に為さうとしても成つていけさうに思へぬと同時に、日伯親善の上に効果を持ち来たらさうとも思へぬから、是れまで六回に亘り吾人の述べ来つたやうに、海外移住組合及び連合会の組織を、根本的に改造するの急務たるを、吾人は此の際我が政府に向つて建言するものである。