農商工高等会議での移民政策に関する論議

Assembléia realizada no Conselho Superior da Agricultura, da Indústria e do Comércio com o fito de discutir a política emigratória

Debates in the Board of Agriculture, Industry and Commerce regarding emigration policies

かつて北米で殖民事業を企て不成功に終わった井上角五郎とペルーで銀鉱山経営を企て失敗した高橋是清がいずれも移民奨励策に対し積極的な意見を述べていないのは興味深い。一人だけ積極的な意見を述べている玉利喜造(1856-1931)は農林大学教授の農学者である。句読点、濁点、改行を適宜補った。

海外移民ニ対スル方針如何


 海外に殖民地を設くることは英国最も成効し仏、独亦孜々として之に傚はむとせり。本邦に於ても従来、布哇ハワイ西比利亜シベリア墨西哥メキシコ、等に向て多少労力者の出稼又は移住するものあり。今之を本邦の事情に照し海外移民のことは本邦の経済に如何の関係を有するや、従て政府に於て将来是等移民に対し如何なる方針を執るへきや等の問題は予め充分の講究を遂くるの必要を認め、茲に之を諮詢す。

(右委員会報告)
海外移民に対する方針の諮問案に付、委員会に於て別紙の通決議候間、此段及報告候也
 明治三十一年十一月二日
                   調査委員長 渡邊洪基
  農商工高等会議々長   渋沢栄一殿

(別紙)
 帝国の人口増加するに随ひ、海外に移住することは理勢の自然なりと雖も、殖民の事は唯人口の故のみにあらず。人口と共に資本之に伴はざるべからず。自国の資本によりて業を海外に立つるの力ありて初めて永住の殖民を為すを得べし。帝国今日の気運は未だ此域に達せず。

 従来、布哇、西北利亜、墨西哥等に向て為せる者は真の移住者極めて少くして、契約の出稼人其多きに居り、欧西諸国の所謂移住殖民とは大に其趣を異にす。是れ資本に伴ふの移民と之に伴はざる者と其関係相異なるに由るなり。政府は国力自然の結果に非る移民を奨励す可からず。

 自由の移民に対して其権利を保護し其安全を保つは政府の当務たるべし。然れども、契約の労働は勿論、自由の移民と雖も、政府之に干渉し之を奨励する如き積極の方針を取らず。其成立する者に対して他の抂屈不利を蒙らざる丈けの保護を為すに止むべしと信ず。

右委員会の決議により答申仕候也

                    委員長 渡邊洪基

〇三十四番(渡邊洪基君) 此案も要するに唯だ人が海外へ出さへすればそれで大変盛んな様に思ふと云ふことは、抑々大本の誤謬である、資本も持たず別に優れたる智識も持たずして唯だ労力を売る為に海外へ行くと云ふことは、決して称すべきことでない、寧ろ抑止すべき位なことである。况や所謂契約移民と云ふもの等に至てては最も厭ふべきものである、故に本案の委員の一人などは契約労働などは禁じて仕舞ふが宜いと云ふ説を唱へた位である、

 併し是は外にばかり禁じても内にも行はれて居るのであるから、俄かに禁ずると云ふことも出来難いから、先づ其辺は柔かにして置く方がよからうと云ふことであつたが、其精神は幾分此中に含蓄して居るのである、詰り自分が資本を持て若くは自分でなくても同国人が資本を持て其資本を我国に於てよりも有利に働かせ、又は智識を以て他国の人民を支配する我人民も出来たときは立派なことであらう、

 併しながら一種獣力的の労力を嚮くと云ふことは余り出来たことではない、殊に資本は別としても智識ある人民と雖も時に依ては余り利益とばかりは言はれない、即ち小供の時分から教育も我国で受け我国の力を以て育て上けた者が外国の資本の為に使はれて国家の為に働きを為さぬのは、丁度徒弟を養つて其徒弟が仕事を覚えた時分に他の工塲に行つて働くのと同し様なもので、斯の如きことは余り称すへきことではない、寧ろ抑止する方がよい位である、併しそれを政府が干渉するには及ばぬから自然に任して置けば宜い、

 今日の計は既に成立つて居る移民に対しては其権利を保護する為に相当の官府を置くことは必要である、併ながら契約移民は勿論、自由移民と雖も、之を奨励すると云ふ如き積極の方針を取ると云ふことは甚だ遺憾なことである、

 勿論一方から云うと、折角海外へ出て一旗揚けやうと云ふ敢為の精神を抑止するのである、退守的の方針であると云ふ非難もありませうが、他国へ出て世界に於て優勢を取らうと云ふには労力を売るのではいけない、資本を持ち智識を持つた者でなければならぬ、是等の者を奨励するのは或は一の国家の体面であらうけれども、唯だ漠然と海外移民に対する方針と云ふ様な諮問では、之を解釈するに当つては先づ今日の所謂移民――彼の移民会社などが出来て段々やつて居る様な移民のことであらうと思ひますから、斯の如き答申を致したいと思ひまする、

〇四十番(玉利喜造君) 番外に御尋ね致しますが、此の御諮問は唯た移民に対するだけの諮問でありませうか、或は殖民と云ふことまでも含んで居るのでありますか、

〇幹事(美濃部俊吉君) 移民と云ふ中には永久に向ふへ移住する者をも含んで居ります、寧ろ其方を重もにして居りますが、専ら一時の出稼をも含んで居りまする、

〇四十番(玉利喜造君) 尚ほ伺ひますが、殖民と云ふと所謂外国が殖民地を持てやつて居る様なものを意味するので、其意味を以て御尋致したので出稼人ばかりを指したのか、或は殖民をも含んで居るかと云ふのであります、

〇幹事(美濃部俊吉君) 四十番の御趣意は日本の領地である所へ民を移すのが殖民である、それをも含むかと云ふことになります、それは勿論含みませぬ、日本には殖民地と云ふものもありませぬし・・・・・・・・

〇四十番(玉利喜造君) さう云ふ御趣意なれば委員の答申は当を得ないものと思ふ、資本に伴はざれば出来ないと云ふのは大変間違である、唯今出て行くのは固より資本があるから出て行くのではないから、答申の趣意が間違つて居る、又この殖民地と云ふことにしても強ち資本に伴ふとばかりも言はれぬ、資本が充実した場合でなければ殖民が出来ぬと云ふことも言はれぬ、

 先程の諮問の様に新開港塲を利用すると云ふことは是は資本が入りませうが、それとは違ふから、人間が丈夫でさへあれば出来る、それから又金なくして往つた所で金が出来ると云ふこともある、現に南洋などへ往つて水を潜つて真珠貝を取つて居た者が、今日では資本家になつて自分で船を持ち潜水器を持つて好い地位に立つて西洋人を逐ひ除ける様になつて居る者がある、それだから濠洲辺で日本人排斥と云ふことが起つたのである、

 又諮問案を見ると経済上には何う云ふ関係があるかと云ふことがある、是も大に関係があるに相違ない、一体この海外にで出て行く、即ち移民すると云ふことは其結果大に海外貿易を助けると云ふことは、少し殖民に志ある人は知つて居ることである、然るに其事が少しも言ふてない、又現に日本に金が入つて来ると云ふことは彼の布哇移民を見ても分る、布哇には今も二万人も居りませうが、其人達が日本に金を送るのは日本の銀行の手を経て送金するばかりでも一年に三四十万円あると云ふことである、此の金は全くの純益である、斯う云ふことがあるのに、経済上に関係があるかないかと云ふ諮問に対して何も言ふてない、

 それから「其の権利を保護し安全を保つは政府の当務たるべし」是は言はぬでも知れたことだ、それから「他の枉屈不利を蒙らさる丈けの保護を為す」是も当然の話で言ふ迄のことはない、

 それで私の考では御諮問の趣意は不利を蒙らぬやうにするには、どうするかと云ふ点にあるだらうと思ふ、吾々が今日桑港に往つて居る者を見ると五千人も往つて居ると云ふことである、夫で労働者が非常に風儀が悪いとか、或は日本国の威信を損すると云ふことを聞いて居る、それがため遂に日本人が排斥を受けると云ふやうなことも知つて居る、それに対して方策はないかと云ふことを考へて居るが、之は唯不利を蒙らぬやうにすれば宜いと云ふて、知れ切つたことを答申になつて居るが、三十四番の如き殖民の方には御思想がある方と考へて居るが、極く幼稚な知れ切つたことを言つて、言はなければならぬことを言はぬで居ると云ふのは、感服しない、故に二読会で修正する考へである、

〇仮議長(中野武営君) 採決致します、委員長の報告を第二読会に移すべしと云ふ諸君は起立

    起立者   過半数

〇仮議長(中野武営君) 過半数でありますから二読会を開きます、

〇六番(田口卯吉君) 末文を修正したい、「政府之に干渉し之を奨励する如き積極の方針を取らず」より以下を削つて「唯充分に其権利を保護するの方法を尽されんことを希望す」と云ふことにしたい、

 其訳は本員が見て居る所では、是迄政府が契約労働に付いては奨励されて居つたやうであるが、既に成立つて居る殖民に対しては殆ど冷淡である、私が先年南洋に参つた時分に其島に反乱があつて亜米利加の移住者が三人居つたが、反乱あるを聞いて、横浜に居る亜米利加の軍艦が昼夜を分たず急いで蒸気を炊き詰めにして来たと云ふことを聞いた、如何にも外国政府が殖民を保護する点に於て感服した、

 然るに日本の政府はどうです、さう云ふことは余りない、先年布哇に問題の起つたときに、軍艦をやつたら、新聞紙抔は攻撃したと云ふ有様である、夫故今殖民を金をやつて保護すると云ふこと抔は本員の反対であるが、適当に権利を保護する点だけは大いに注意して貰ひたい、さう云ふ趣意で末文を修正致したうございます、

〇三十四番(渡邊洪基君) 田口君の修正にしたら宜からうと思ひます、

〇四十番(玉利喜造君) 唯今六番から修正説が出ましたが、之には同意である、けれども其事柄に至つてはこちらで何と云ふ説も出ませぬが、本員は斯う云ふ風にしたいと思ふ、殖民の事は余程調査も要する、又余程事情も尽さなければならぬ、然るに其辺のことに付いては此会で十分のことが出来ぬから、殖民協会と云ふものがあるから、それに御諮問になつたら宜からうと思ふ、一体殖民のことに付いては余り此会で議するはどうかと思ひますから、願くは之を撤回して殖民協会に御下問になることを希望致します、

〇九番(高橋是清君) 私は六番の修正に賛成致します、それから今の御話しは賛成がありませぬから、申すことも入りませぬが、ああ云ふことは此会で言ふべきことでないと思ふ、諮問になつたのは政府の方針であつて、移民に対して奨励するかどうか、抑へべきものであるかどうかと云ふやうな方針である、契約労働は勿論、自由移民と雖も奨励することは悪いと云ふて自由に任かして置くと云ふ方針が宜いと云ふことであれば、それ丈で宜いのである、

 一体欧米で云ふ土地を領して其土地の利益を起して本国の助けにしやうと云ふ政策は今日では行はれないので、又一寸考へると内地から人が出て行くと大層国のために貿易が起るやうであるが、人の多少には決して因らぬ、例へば濠洲の如きは数百人しか居らぬ、それでも我国から輸出するものは昨年百八十七万円である、布哇は二万人からの日本人が居るが、五十二万円しか輸出して居らぬ、さう云ふやうに人数の多少に依つて貿易が違ふものではない、加ふるに日本人は支那人と違つてあちらの物を用ひるから大に事情が異つて居る、

 又経済上から言ひましても移民は多く身体の丈夫のものが往つて居る、其年齢は大概二十五歳位の平均になつて居る、さうして其者が二十五歳になる迄には、安く積つても月に二円掛るとして六百円からの資本が掛つて居る、布哇には二万人から往つて居ると云ふことであるが其人が幾ら送る、正金銀行で扱ふて居る所に依ると、一万円乃至二万円位である、仮りに二万人の人が二万円の貯蓄をして来るとしても、一人が一ヶ月に十二円で、六百円の資本を掛けた者が、一ヶ月に十二円と云ふことである、六百円の金は五分に廻はしても一ヶ年に三十円取れると云ふ訳で、算盤から云つても六百円掛つた品物を以て十二円の利息を取つて来るのであるから、屈強の人が内地で働いたならばもちつと余計取るに違ひない、

 さう云ふやうな有様であるから政府が干渉して契約労働は勿論、自由移民を勧めるに及ばぬと云ふのが、政府の方針としなければならぬと云ふのであるから、之で十分と考へます、

〇四十番(玉利喜造君) 余り此問題に付いて御説が出ませぬでしたから、其有様を見て本員は殖民協会に御問ひになつた方が、却つて適当なる答案が得らるると云ふことを言ふたので、此会には井上君の如き、御自身で亜米利加に移住されて居つてが、今日は冷淡になられたやうである、渡邊君、田口君も多少御関係がありますやうですが、此答申に付いてはもう少し調べて其上答へたら宜からう、何も体面とか何とか云ふことは構ひませぬ、

 適当なることを申上げて御参考になれば宜いので唯今布哇、濠洲のことを申されたが、布哇には二万人から人の居るのに五十何万円しか輸出がない、濠洲には僅か数百人の人であるが百万円からの貿易があると云ふことを云はれたが、それは人数が沢山あつたからと云ふて貿易が盛になると云ふものじやない、詰り国に依るので、布哇はああ云ふ所であるから、濠洲に比して勿論小さい、併し其小さいに比較して余程の貿易があるので一概に論ずることは出来ぬと思ふ、

 それから幾ら幾らの資本が掛つて居つて経済上どうと云ふことがありましたが、殖民と云ふものは経済上の点ばかりでない、又大いに見る所があるので、東洋の政策とか、或は国民の気風を養ふとか云ふやうなこともあつて、詰りさう云ふ色々の意味で殖民協会と言ふことを云ふたので、私は之では満足しないと云ふことを申上げたのである、

〇十五番(井上角五郎君) 別に言ふ程のこともないが、私は嘗て移住を企てたことがあるので、他国へ往つて百姓をして見た人間であるが、其上に於て此答申は適切のものと見て居るので、即ち自分か亜米利加に於て之に従事した所の上から、其状態を察して誠に歎息すべきことであると云ふ考を抱くのである、

 自分は亜米利加の土地を買つて労働には従事しないが、土地を開墾すると云ふことをした、其後不幸にして私は一ヶ年余も、監獄署に繋かれて失敗を致しましたが、此頃も殖民協会で墨西哥の土地を買て、其ノ土地を開墾するときには、自分も相当の資本を出して助けた、斯様なる殖民は、吾々日本人の有志者として、為す可き相当のことてある、之を為すに就て、政府から保護金を呉れとか、政府が是非之をせよと云ふ要求はしない、唯田口君から修正の出ました通り、之を為すに付て吾々の権利の保護だけをして貰ひたい、其の以上は自由運動を以て、此等のこともやつて見たい、国民としては皆な当然のことである、

 故に農業もすれば、工業もする、又外国に一片の土地を開て、儲けることもある、夫々の業体は異なりませうが、皆な資本の要ることである、資本が伴はずして徒らに現今の外務省の報告の如く、帰化移民が何人に達したとか、何処では大勢になつたとか云ふことを喜んで通知するが如き気風はいけないことである、

 私は桑港に参つた者が二千人あつたと言つて、何にも日本で物が食へぬ者を、桑港に救助塲を拵へたと、手柄顔に言ふのはいけないと思ふのである、故に私は冷淡ではないが、熱心になつて此の答申案を賛成するのでありますから、此の事を一言申します、

〇二番(大谷嘉平衛君) 私は委員の一人ですが、六番の修正は、尚ほ進で居るかと思ひますから、之に賛成致します、

〇仮議長(中野武営君) 修正説で成立て居りますのは、六番の修正説ですが、之に就て決を採ります、六番の修正説に同意の方は起立、

    起立者  過半数

〇仮議長(中野武営君) 過半数でござります、其他は原案の通りで宜うござりますか、
(「異議なし」と言ふ者多し)

〇仮議長(中野武営君) 二読会の決議の通りを以て、確定議として異議はありませぬか、
(「異議なし」と言ふ者多し)

〇仮議長(中野武営君) 左様ならば確定致しました、・・・・・・是で農商務大臣より提出の諮問案に答申する決議が出来ました、ちよつと是丈けを申します、