1909年9-10月の移民状況視察報告(2)

Relatório sobre as condições de vida dos imigrantes (setembro-outubro de 1909) (2)

Report on the insepection of emigrants’ situation from September to December 1909

在ブラジル公使館二等通訳官 野田良治の視察報告に基づき、駐ブラジル公使 内田定槌が、概要を本省に報告したもの

在「サン、パウロ」州本邦移民情況報告

                  在伯特命全権公使 内田 定槌

 

当国「サン、パウロ」州に於ける本邦移民の実況を視察せしむるの目的を以て、同州に派遣したる野田通訳官の帰館復命せる所に拠れば、「サン、パウロ」州珈琲園に於て引続き労働に従事せる本邦人の数は(携帯児及出生児を除き)、

「サンパウロ」珈琲会社所属「カナーン」耕地 七家族 二三名
「サンマルティニヨ」耕地 八家族 二七名
「ゲワタパラー」耕地 一三家族 三四名
「ソプラド」耕地 二三家族 五二名
「ヴェ(ヱ+濁点)アド」耕地 一二家族 三二名
「サン、ジョアキーン」耕地 九家族 二三名
以上六耕地合計 七二家族 一九一名

にして其他は諸所に散在し、若くは亜爾然丁共和国に転住する等、変転常なきが故に、其正数を知るに由なきも、之を区別するときは左の如し。

「サンパウロ」州中前記以外の耕地労働者 凡 四〇名
「サンパウロ」市中 凡一〇二名
「サントス」市中 凡一一〇名
西北鉄道布設工事労働者 凡一二〇名
「リオ」及「ミナス」州に在る者 凡 三八名
亜爾然丁国へ転入者 凡一六〇名
死 亡 者 六名

前掲六ヶ所の珈琲園中「カナーン」耕地に在る労働者は、悉く沖縄県人にして契約期限中耕地を逃亡したる者甚だ多く、九月下旬野田通訳官が同耕地に出張したる時には概記の如く七家族二十三名残留したるも、翌十月中旬に至り一同該耕地を引揚げたり。併し他の五耕地に在る者は極めて少数を除くの外、今後尚ほ一箇年間同耕地に於て引続き労働するの決心を有し、且つ既に珈琲園の労働にも慣れたることとて大概一家族に付少きも年五六十円、多きは四五百円の純益を得。結果は概して宜しき方にて従て雇主も満足を表し、中には第二回移民到着せば早速数十家族を増傭すべしと言ひ居るもあり。

「サン、パウロ」市中に在る本邦人は元来農業に慣れざる輩にして、耕地労働を好まざる、若くは全然野外労働に不適当なるより、勢ひ業を都会に求むるに至れるものなるも、而かも彼等は僮僕《ボーイ》、下女、料理人、園丁、大工、鍛冶其他の手工労働に従事し、衣食の費用を差引くも、尚ほ毎月若干の金銭を貯蓄し得る丈けの賃銀を受け、農園労働者として全然失敗したるに拘らず、所謂出稼労働者として相応の成績を挙げ居れり。

「サントス」滞在留移民は、大抵波止場の担荷人夫(即ち仲仕)のみにして、且つ殆んど沖縄及鹿児島二県の移民に限られ居り。殊に沖縄県人中には一人として当国に永住の意志を有する者なく、皆一日も早く相当の貯金を為して故国に帰らんとの希望のみ旺盛なるを以て、自然珈琲園の労働を厭ひ、仮令一銭にても多く現金を手に入るることを得る職業を遂ふて転地するの癖あるに依り、是亦農業(特に珈琲園の)労働者として甚だ不適当なり。而かも仲仕として一日五「ミルレイス」乃至十「ミルレイス」の賃金を得。農園残留移民をして羨望せしむる金額を現に続々本国に送金するより見れば、強ち不結果と称すべからざるが如し。

西北鉄道布設工事は「サン、パウロ」州と「マットグロッソ」州と両方より同時に進捗中にして、「サン、パウロ」方面に於て労働せるもの二十八名、「マットグロッソ」州方面よりの布設工事に従事せる者九十二三名とし、是亦一日三「ミルレイス」半乃至五「ミルレイス」の賃金を得。十分に貯蓄の余裕あるものの如し。

「サン、パウロ」州の気候は概して温良にして、特に珈琲園所在地には何等風土病と称すべきもの無之ことは今日迄の死亡者僅々六名にして、而かも其半数は肺結核の如き移民自身が本邦より齎し来れる病気の結果なるに徴しても明白なりとす。要するに平素農業に慣れたる少数家族移民(全数の約四分の一)は元々当国へ渡来の目的たる珈琲園労働者として相応の好成績を挙げ居れども、残余四分の三は日傭労働者としては可なりの賃銀を得るに拘らず、「サン、パウロ」州政府の側より見て決して歓迎を値する移民にあらず、殊に亜爾然丁共和国に転住せる者百六十名の多きに達せるが如きは、全然同州政府の予望に反する者と謂ふべし。蓋し「サン、パウロ」州政府が外国移民に対し其渡航費を補助する趣旨は、珈琲園労働者及州内に永住すべき植民を招誘するにあるが故に、平素農事労働に慣れたる真の家族移民にあらざる限り、珈琲園労働者としても将又永住者としても全然不適当なるは論を俟たず。若し第二回移民を当国に送遣するに際し、第一回移民の如き多数の非農民を混入し、且つ一時的偽家族を造りて州政府及雇主を欺き、第一回移民の不始末を繰返すが如きことありては、本邦労働者及移民会社の信用全く地に墜ち、邦人移入反対論者に攻撃の武器を与へ、延いて当国に排日熱の発生を見るに至るべき懸念なきにあらず。故に今後当国に渡来すべき移民に対しては其資格を精択し、家族系統を厳査すること特に肝要なりと信す。