蔵書印 |
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書物を愛した信友は、天保13年(1842)70歳の時、次のような遺書をしたためている。
「身後書籍は却而邪魔にも相成侯間、手澤之感を絶し沽却いたし侯へば、天下同好之手に落候間、却而本懐に候間、常々も申侯通又更申遣し侯…中略…愛し侯書へは身後云々之印有之候、未押のこしたるも有之候間、手を入侯本には、右印を押可申侯、只一通りの本は夫に不及侯、若狭酒井家々人と有之侯紋付之印は、張付有之侯問、剥し可被申侯」
(現代語訳)「私の死後、書籍はかえってじゃまにもなるだろうから、手元に置かず売ってしまえば、天下の同好の人々の手に落ちるであろう。それはかえって自分の本懐であるので、常に言ってきたとおり更に申し遺すものである。(中略)愛した書物には「身後云々」という印を押してあるが、押していなかったものもあるので、私が手を入れた本にはその印を押してほしい。普通の本には押す必要はない。「若狭酒井家々人」という紋のある印は、張り付けてあるのでこれをはがしてほしい。」
信友の蔵書印は、ほかに「伴氏所蔵」「伴文庫」「伴信友文庫」が知られている。 |
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印影のよみ・大きさ |
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| 「身後俟代我珍蔵人伴信友記」(しんごわれにかわりてちんぞうするひとをまつ ばんのぶともしるす):30×26mm |
| 「源伴信友」(みなもとばんのぶとも):36×46mm |
| 「コノフミヲカリテミムヒトアラムニハ、ヨミハテゝトクカヘシタマヘヤ、若狭酒井家々人伴氏蔵本」(蔵書票):53×21mm |