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名前 |
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通称:作左衛門、字:子昌、号:蛮蕪、観巣、Globius |
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職業 |
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天文学者(江戸幕府の天文方) |
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人物 |
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文化元年(1804)、父の至時(よしとき)のあとを継いで20歳で幕府の天文方となる。書物奉行も兼ねる。西洋の学問の調査・翻訳のため蕃書和解御用(ばんしょわげごよう)を天文方に設置。ショメル(Chomel, Noel, 1632-1712)の百科事典の翻訳を進めた。語学にすぐれ、海外事情の摂取につとめたが、シーボルト事件で投獄され、獄中で病死した。享年45歳。
「新訂万国地図」を製作、伊能忠敬測量の「大日本沿海輿地全図」も景保の監督のもとに完成された。 |
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シーボルトとシーボルト事件 |
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ドイツの医学者シーボルト(Siebold, Philipp Franz von, 1796-1866)は、文政6年(1823)に長崎出島のオランダ商館員として来日、長崎郊外の鳴滝に塾を開き、日本の蘭科医に医学を教えた。文政9年(1826)には江戸におもむき、多くの蘭学者と交わった。その間、日本の調査のために資料を精力的に収集したが、景保が国外持ち出し禁止の日本地図をシーボルトに贈ったことが発覚し、シーボルトは幕府によって文政12年(1829)に国外へ追放され、多くの関係者が処罰を受けた。 |
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参考文献 |
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上原久著『高橋景保の研究』(講談社 1977) |
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| "Inleiding tot de algemeene geograpie." |
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| "Algemeene aardrijksbeschrijving." |
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