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蔵書印 |
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| ほかに、「作良之印」がある。 |
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印影のよみ・大きさ |
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| 「榊原家蔵」(さかきばらけぞう):75×19mm |
| 「榊原家蔵書」(さかきばらけぞうしょ):68×21mm |
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蔵書について |
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旧蔵書は、芳野の遺志により明治16年(1883)、当館の前身である東京図書館へ一括寄贈され、「榊原文庫」と呼ばれる。
「榊原文庫」は、寄贈時の記録では1487点、6157冊。ほとんどが江戸以前の和書で、国語・国文学・国史を主に、有職故実・地誌・遊芸など広い分野にわたり、また、善本も含まれており、当館の古典籍コレクションの基礎となっている資料群である。
芳野は棒給のほとんどを購書にあて、蔵書数は珍書数千巻におよんだが、明治6年(1873)12月の火災により全蔵書を失った。寄贈本はその後の短期間に集められたものである。 |
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名前 |
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芳野は名。通称は鬲蔵。字は作良。号は琴洲、稱佳園、豊州など。 |
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職業 |
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国学者 |
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人物 |
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江戸日本橋住吉町で出生、代々の家業は鰹節問屋だったが、学問好きの父は分家して独立し、和歌や絵画で生計を立てた。芳野は嘉永の初めに伊能穎則(ひでのり)の家塾に入門、また行阿日賢に仏教を学んだ。安政末に本所石原町に私塾を開いたが、貧窮の生活だった。明治2年(1869)に昌平学校教授試補に任命され、明治4年(1871)11月には文部省に奉職、『小学読本』『文芸類纂』など各種編纂事業に参画した。また、現在でも図書館員の座右の書である『古事類苑』の編纂事業にも携わっていた。享年49歳。 |
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※ページ上部の資料は『榊原芳野家蔵目録』(1冊、請求記号 127-291)です。
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