豊川良平 とよかわ りょうへい(1852〜1920)

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職業・身分 実業家政治家
出身地(現在) 高知県
生没年月日 嘉永5年1月19日〜大正9年6月12日
1852年2月8日〜1920年6月12日)
号・別称等 小野春弥(おの はるや)

解説

医師小野篤治の長男で幼名春弥。父方の従兄弟に岩崎弥太郎がいる。明治3年(1870)豊川良平と改名。慶応義塾卒業後、三菱商業学校、明治義塾を設立する。13年犬養毅とともに雑誌『東海経済新報』を創刊した。22年第百十九国立銀行頭取に就任。28年同銀行は三菱合資会社銀行部に移管、同部長を経て、43年から大正2年(1913)まで三菱合資会社管事を務める。その間、銀行倶楽部委員長、手形交換所委員長等を歴任。3年に東京市会議員に当選し、東京市政刷新運動に取り組んだ。5年貴族院議員。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:豊川良平
請求記号:289.1-To612Ut
白黒、8.0×10.9 cm