大川平三郎 おおかわ へいざぶろう(1860〜1936)

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職業・身分 実業家
出身地(現在) 埼玉県
生没年月日 万延元年10月25日〜昭和11年12月30日
1860年12月7日〜1936年12月30日)

解説

父は川越藩士大川修三。渋沢栄一の書生となり、壬申義塾、大学南校で学ぶ。職工として抄紙会社(後の王子製紙)に入社。欧米に留学し、製紙技術を習得、社の技術改善に寄与した。専務就任後、幹部の意見対立のため、渋沢栄一とともに退社。明治36年(1903)九州製紙を設立。以後、中央製紙、樺太工業などを設立。四日市製紙、富士製紙の社長に就任し、製紙王と呼ばれる。セメント、鉄鋼、ビールなど製紙業以外の事業にも進出。昭和8年(1933年)王子製紙による樺太工業、富士製紙の吸収合併後、経営の第一線から退く。3年貴族院議員。

写真1

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出典:大川平三郎君伝
請求記号:289.1-O5292Oo
白黒、14.3×10.5 cm