近藤廉平 こんどう れんぺい(1848〜1921)

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職業・身分 実業家
出身地(現在) 徳島県
生没年月日 嘉永元年11月25日〜大正10年2月9日
1848年12月20日〜1921年2月9日)

解説

医家・近藤玄泉の次男に生まれ、大学南校に学ぶ。岩崎弥太郎に出会ったのをきっかけに、三川商会(後の三菱商会)に入社。その後、登用され、海運事業の合理化に尽力。明治28年(1895)日本郵船会社社長に就任し、晩年までその職にあった。在任中、欧州・北米・豪州の3大航路の開設、日清・日露戦争および第一次大戦時の軍事物資輸送への貢献、海外航路の拡大など、同社の発展に寄与した。大正7年(1918)貴族院議員。男爵。

写真1

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出典:男爵近藤廉平伝
請求記号:289.1-Ko598Sd
白黒、10.1×13.1 cm